新卒で旧NOVAに入社し、経営破綻に直面。その後も新NOVAで働き続け、生え抜きで社長にまで上り詰めた隈井恭子さん。でも、「出世欲はまるでない」と、本人は至って自然体で肩に力が入っていない。隈井さんのキャリア道とは? 転職、独立が当たり前になった世の中で、なぜ「一本道のキャリア」を歩み続けているのか? 盛りだくさんのエピソードをギュッと濃縮した全3回シリーズでお届けします。第3回目は、「社長になってからの心境や仕事のスケールの変化」について語ってもらいます。

(1)新卒入社で会社が倒産の壮絶体験
(2)倒産して、企業として何が一番重要か知った
(3)社長になって初めて自分の限界振り切れた ←今回はココ

社長の辞令がついに! 冗談だと思っていた

―― 関西エリアの事業部長を経て、2014年(37歳)に副社長、そして2017年(40歳)に社長に就任しました。役職が上がるにつれ、心境はどのように変わりましたか?

隈井恭子さん(以下、敬称略) 部長になった時が一番衝撃だったので、そこを乗り越えてからはだいぶ腹が据わったと言いますか。副社長に任命された時は、「やるしかない」という気持ちで、全校舎の運営と地域の営業マネージャーの育成を担当しました。さすがに社長に任命された時は、部長になった時の次ぐらいに衝撃でしたね。

―― NOVAは約550人の社員を抱える大きな企業です。社長の辞令も突然やって来たんですか?

隈井 代表の稲吉(正樹)から、ちらっと打診されていたような気がしましたが、冗談だと思ってまともに受け止めていなかったんです。しかし、やはり社長に任命されまして、「あの言葉は本気だったんだ!」と後から思いました。

 社長になって2カ月ぐらいは、副社長として担当していた仕事と大きく変わらなかったんですが、その後からものすごく大変になりまして。これまで直営で運営していた東名阪と北海道の校舎だけじゃなく、メガフランチャイジーで展開していたその他の地域の校舎100店舗も直営に加わったんですね。

 北海道から沖縄まで300校が直営となり、一気に会社の規模や見る範囲が広がって、もう完全にキャパシティーを超えてしまいました。「限界振り切れるってこういうことなんやな」と、初めての感覚を味わいました。

「北海道から沖縄まで300校が直営となり、一気に会社の規模や見る範囲が広がって、もう完全にキャパシティーを超えてしまいました」