シホ
40歳
広告会社・営業
福岡県出身
独身・一人暮らし

 正社員として働ける定年まであと十五年、順当に行けば死ぬまではあと四十年と少し。この歳になると漠然とした夢は見なくなるし、負ける可能性の高い賭けもしなくなる。逆に、勝ちが見えている賭けには挑む。それが今の私にとって独立だった。

(C)PIXTA

 ただ、ある意味で負けを宣言するみたいで、独立を考え始めたころはかなり悩んだ。福岡県のぜんぜん華やかじゃない土地に生まれ育ち、頑張って勉強して東京の有名な大学に入り、業界トップの広告代理店で誰もが知っている化粧品会社の宣伝を任されている私、というパーソナルヒストリーは、ひとりで踏ん張るための杖または梯子でもあった。その杖も梯子も捨てたとき、果たして立っていられるだろうか。重圧に耐えきれず膝をついたとき、「それみたことか」と人々に笑われ、結婚しなかったことや子供を産まなかったことを後悔してしまうのではないか。

 「……そこまで悩んでよく辞める決心ついたね。私は怖くて無理たい」

 「ね。自分でもあっぱれだと思う」

 既に外苑前近くに事務所となる物件も見つけ、現在は内装工事の打ち合わせをしている段階で、どうにか一円も借金せずに開業できる見込みだ。

 「頼れる男でもできたと?」

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