変化のスピードが早くなり先が見通せない今、組織に多様性が求められるのと同じように、個人にも新しい価値観の獲得や学びによる成長が求められています。そのための「出合い」の場を持っていますか? 日々の仕事や自分の成長に「停滞感」を覚えているミドル世代にこそ必要な「越境」の始め方とその効用を探る、大特集です。

 「基本的に飽きっぽい性格なので、30年間同じ会社にいることは私にとっては奇跡。いろんなことをやらせてもらえたから続けられたのかなというのはありますね」。これまでの会社員人生をそう振り返るのは、ブリヂストン DE&I・組織開発部長の増谷真紀さん。現在はダイバーシティ&インクルージョンを推進する組織のマネージャーを務めていますが、もともとは樹脂製品の研究開発に携わるエンジニアでした。

 入社時には想像もしていなかったキャリア展開の中でも、特に大きな変化となったのは2019年。会社から出向する形でお茶の水女子大学の客員准教授を務め、1年間教壇に立ったことでした。新卒以来同じ会社で働いてきた増谷さんにとって、まさに未知の世界への越境。しかしその前から、増谷さんは日々の仕事の中で大切にしたいと思ったことを実現するために、「小さな越境」を実践していました。

増谷真紀(ますたに・まき)<br>ブリヂストン DE&I組織開発部長
増谷真紀(ますたに・まき)
ブリヂストン DE&I組織開発部長
1991年にブリヂストンに新卒入社。工業用品開発部、研究開発本部でエンジニアとして樹脂製品の開発や光学樹脂部品の基礎開発に携わる。2007年にTQM推進室へ異動し、品質工学推進を担当。09年からはダイバーシティ推進ユニット主任部員を兼務する。2018年~20年、お茶の水女子大学へ客員准教授として出向し、産学連携の『未来起点ゼミ』を担当。21年7月から現職。

「会社にとって絶対にいい」同じ提案を諦めずに5年

 それは、増谷さんがエンジニアとして光学樹脂部品の基礎開発に携わっていた30代のこと。「統計学者の田口玄一さんが提唱した『タグチメソッド』という品質管理の手法を会社の研修で習う機会がありました。タグチメソッドを実践すると開発効率がものすごく上がると知って、『これは絶対に、もっと会社の中で普及させるべきだ!』と思ったんです

 タグチメソッドにほれこんだ増谷さんは行動を開始。年に1回、異動の希望を会社に伝えるカードを提出する際、毎年のように「いかにタグチメソッドがブリヂストンに必要か」を書き込みました。「同じことを5年書き続けたら実現するよと同僚に言われたんです。それも、ちょこちょこっと書くだけじゃ熱意が伝わらないということで、毎年リポート用紙2、3枚くらいにびっしりと。めちゃくちゃ鬱陶しい社員ですよね」

 会社に提案を続けると同時に、タグチメソッドの勉強もひそかに続けた増谷さん。同僚の予言(?)通り、2007年、38歳のときに念願かなって品質経営の部署に異動。社内にタグチメソッドを広める仕事に携われることになりました。「部署によって抱える課題はさまざまで、同じタグチメソッドを使っても、いろんな成果が出るんです。それが面白くて。もちろん思うように成果が出ないケースもありましたが、自分がいいと思ったものを実際に試して、みんなによさを実感してもらえるのはすごくやりがいのあることでした

 異動の2年後には管理職に昇進し、同じタイミングで、前年に発足したダイバーシティを推進する部署の仕事を兼務することに。それが後に、増谷さんを思いがけない越境へと導くことになります。