昨年はコロナ禍で帰省を見送り、今年の年末は久しぶりに親と会う人も多いのではないでしょうか。まだまだ元気と思っていても、親は確実に年齢を重ねています。認知症や介護の問題は、ARIA世代にとっていつ直面することになっても不思議ではありません。お金のことや介護態勢の築き方、認知症のサインと対応など、いざというときに困らないために親と話しておきたいこと、知っておきたいことをまとめました。

 今年の初め、遠く離れた九州の実家で父が孤独死していたという知らせを受け取ったフリーランスエディターの如月サラさん。突然降りかかった困難にひとりで向き合っていく日々をつづったARIAの連載「父がひとりで死んでいた」は大きな反響を呼んでいます。あまりに重い、しかしARIA世代にとって決して他人事ではない経験をした如月さんの「あれからの日々」と、今、思うことについて改めて聞きました。

如月サラ/エディター、エッセイスト。熊本市出身。大学卒業後、出版社にて女性誌の編集者として勤務。ユングの「40~50歳頃は人生の正午」という言葉に出合い感銘を受け、50歳で退職し大学院修士課程に入学。noteで父親の孤独死について書いたエッセイがきっかけとなり、ARIAで連載「父がひとりで死んでいた」を開始。連載に未発表のエッセイを加えた同名書籍が2021年12月16日に日経BPから発売予定。
如月サラ/エディター、エッセイスト。熊本市出身。大学卒業後、出版社にて女性誌の編集者として勤務。ユングの「40~50歳頃は人生の正午」という言葉に出合い感銘を受け、50歳で退職し大学院修士課程に入学。noteで父親の孤独死について書いたエッセイがきっかけとなり、ARIAで連載「父がひとりで死んでいた」を開始。連載に未発表のエッセイを加えた同名書籍が2021年12月16日に日経BPから発売予定。

熊本地震を機に、目に見えて弱った両親

編集部(以下、略) 如月さんにはこの1年、孤独死という思いもかけない形で訪れたお父様との別れとその後について、リアルタイムで文章にしていただきました。そもそも昨年の夏にお母様が認知症を発症して入院し、ひとり暮らしになったお父様がその半年後に……本当に立て続けのことだったんですよね。

如月サラさん(以下、如月) そうなんです。いっぺんに来ましたから、きつかったですよ。

 母の変化も、まさかこんな急にとは思いませんでした。これはごく少ないサンプル数の話ではあるんですけれど、ある時期、何カ月間か親からものすごく電話がかかってくるようになって、それがぱたりと止まると、大体具合が悪くなっているんです。母がそうでしたし、同じような経験をした人が周りにも何人かいます。

―― 如月さんは20代のときに東京に出てきて以来、そもそもご両親とはあまり頻繁に連絡を取っていなかったんですよね。

如月 そうですね。連絡は主に電話ではなくメールでしていましたし、帰省も年に1回するかどうか。お正月には帰りませんでした。というのも、ずっと家にいて3人で顔を突き合わせなければいけないのが嫌だったからです。

 うちは両親の仲も含めて、家族の間がスムーズにやり取りできる雰囲気ではなかったんですよね。あと、親にとって私は40代になろうが50代になろうが子どものまま。特に母は久しぶりに会うと小言が多かったです。

―― 会えばいまだに小言……すごく分かります。とはいえご両親も年齢を重ねて、親の老いとか介護みたいなことがちらつくようにはなりませんでしたか?

如月 なりましたよ。どれくらい前かなあ……実家は熊本市なのですが、2016年の熊本地震を境に、両親とも見るからにがっくりきた印象がありました。母は1年半くらいご飯の味がしなかったと言っていたし、弱音を吐くことも増えて、「ああ、何がどこにあるか聞いておかないとまずいかも」と思うようになりました。

―― それは行動に移したのでしょうか?