40、50代のARIA世代で学び直す人がますます増えています。強みを強化したい、違う視座を得たい、キャリアの幅を広げたい……学ぶ理由はさまざまあれど、大学院修了者が口をそろえるのは、「一生の同志を得ることができた」というメリット。女優から、企業の役員、学校法人のトップ、フリーアナウンサー、元横綱、そして「73歳で大学院修了」という人生100年時代を体現する女性まで。十人十色の大学院生活と、学びから得たものについて聞きました。

 中学卒業後に角界入りし、2017年に悲願の初優勝を果たして頂点を極めた二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)。2019年の1月場所で引退し、しばらくたった後に流れたのは「早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士課程1年制に合格」という一報。学び直しの波が角界にも! と驚いたのもつかの間、2021年2月には「新しい相撲部屋経営の在り方」をテーマにした修士論文が同科の最優秀論文に選ばれた、というから2度ビックリ。

 二所ノ関親方を大学院へと駆り立てたものは何だったのか。「怖さしかなかった」「毎日、脳みそから汗が出ているような状態だった」と振り返る大学院生活はどんなものだったのか。現役時代は「物言わぬ横綱」だったのが一変。身ぶり手ぶりを交えて情熱たっぷりに学びの効用を語ってくれた。

二所ノ関 寛(にしょのせき ゆたか)
二所ノ関 寛(にしょのせき ゆたか)
1986年、茨城県出身。中学校卒業後に角界入門。2012年に大関に昇進し、2017年に初優勝、横綱に。2019年1月場所後に引退。2021年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。「パソコンは、大学院に入学後に本格的に使い始めました。指が太いので、人さし指1本でキーボード4つくらい同時に押せてしまうから大変ですよ(笑)」

「自分にできないこと」に気づけたのも前進

―― 17年間の現役生活を終え、ゆっくり体を休める間もなく大学院を受験したのはなぜでしょうか。

二所ノ関親方 親方として「これまでにない、新しい相撲部屋を造りたい」という強い思いがあったんです。

 引退後にスポーツビジネスに精通し、サッカーのJリーグ立ち上げにも尽力した早大スポーツ科学学術院の平田竹男先生にお会いする機会があり、ふと質問してみたんです。「サッカーは、プロ野球のようなドラフト制度を導入しないのですか?」と。ドラフトの注目度はものすごく高いですから、大きなイベントになるのにと自分は考えていたのですが、平田先生は「サッカーはドラフトがない分、ジュニア選手からの育成にお金をかけているんだ」と。大相撲にもドラフト制度はありません。サッカーのように選手の育成に力を入れれば、将来的に入門してくれる人が増え、すそ野が広がるなと。この人に学んでみたい、と思ったのがきっかけです。

―― いきなり大学院で学ぶのは、ハードルが高かったのでは?

二所ノ関親方 高校、大学には行っていませんから、授業といえば中学時代に教科書を開いてノートを取るようなものしか知らなかった。でも、大学院の授業は、全く違いましたね。正解に近づくために自分でいろんなことを考え、意見を発表する場でした。すべてが知らないこと、できないことだらけ。本当にダメダメでしたが、できないことに気づけたのも大きな前進。毎日、脳みそをマッサージされているような状態でした。

―― 横綱にまで上り詰めた親方が「ダメな自分」に向き合う怖さはなかったですか?

二所ノ関親方 いやあ、怖さしかなかったですよ。修了した今だから言えるんですけど、授業を受けたくないという日もたくさんありました。ただ、「これまでにない相撲部屋を造る」という明確な目標がありましたから。それに向かって突っ走って、1カ月、半年と通うごとに正解に少しずつ近づいていく感覚があって面白かったですね。学んだことをすべて生かすという強い気持ちがあったから、どんなに大変でも勉強を続けられたと思います。この目標がなければ、勉強も進まなかったんじゃないかな。