40、50代のARIA世代で学び直す人がますます増えています。強みを強化したい、違う視座を得たい、キャリアの幅を広げたい……学ぶ理由はさまざまあれど、大学院修了者が口をそろえるのは、「一生の同志を得ることができた」というメリット。女優から、企業の役員、学校法人のトップ、フリーアナウンサー、元横綱、そして「73歳で大学院修了」という人生100年時代を体現する女性まで。十人十色の大学院生活と、学びから得たものについて聞きました。

 曽祖母が1925年に設立した学校をルーツとする中高一貫校・品川女子学院の6代目校長を務め、2017年からは理事長に就任した漆紫穂子さん。翌18年には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学し、19年に修士課程を修了しています。90年代には経営危機にあった同校の改革に参加し、入学希望者数を30倍に、偏差値を20ポイント以上アップさせるという目覚ましい成果を残してきた漆さんが60歳を目前にして大学院に進んだのは、なぜでしょうか。そしてそこで得たものとは。詳しく話を聞きました。

「体験談」がベースの話に説得力はない

編集部(以下、略) 教育者、経営者のキャリアを順調に積んでいた漆さんが、50代後半で早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学したきっかけは何ですか。

漆紫穂子さん(以下、漆) 私は、品川女子学院の校長・理事長として教育現場に身を置く一方で、教育再生実行会議委員等を務め、教育政策会議にも関わってきたのですが、教育政策をつくる上で、エビデンスに基づいて考えるというプロセスが不足しているなと感じたのが、大学院進学を決めたきっかけです。

漆紫穂子さん
漆紫穂子さん
1961年東京都生まれ。品川女子学院理事長。1985年早稲田大学国語国文学専攻科修了、2019年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。都内私立中高一貫校の国語教師を経て、現在の品川女子学院へ。2006年に校長に就任し、17年から現職。教育再生実行会議委員、国立教育政策研究所評議員等を歴任。趣味はトライアスロン

 教育って、誰もが経験したことがあるからこそ、議論が「個人の体験談ベース」になりがちなんです。「うちの孫の場合……」や「私が通っていた頃は……」というN=1の主観的な発言をよく耳にします。私の場合、学校現場にいるので、そうした発言に現状との乖離(かいり)を感じていました。

 でも、その私が、毎年200人を30年間見てきたという経験をベースに語ったとしても、主観であることには変わりないと気づいたんです。私立の中高一貫校の女子校という限定された場所での個人の見方ですから。そこで、定量的な根拠をベースに発言できるようになろうと考えました。