社会が変化するスピードが速い今の時代、キャリアについて新たな行動を起こすきっかけは、自分の意思で決められるものばかりではありません。コロナ禍による休業要請や会社の制度変更などに直面した人たちは、戸惑いや試行錯誤の末にどう新たな一歩を踏み出したのでしょうか。「逆境」でもキャリアの迷子にならず、主体的に道を切り開くための準備や心構えについて考えます。

 ワークライフバランスを重視する流れはこの数年で社会全体に広まりつつあったが、実践という点においては、多様な働き方を可能にする制度を整えている企業も、制度を利用している人も限定的だった。しかし、コロナ禍でいや応なく従来の働き方を変える必要に迫られたことが、状況を大きく変えようとしている。柔軟な働き方を可能にする制度を整え、社員の多様な価値観やライフスタイルを尊重する姿勢を明確に打ち出したのが、旅行大手のJTBだ。

 同社は「新たなJTBワークスタイル」と銘打って、テレワーク勤務の拡充、ワーケーションの導入、副業ガイドラインの制定などを一気に実現した。中でも注目したいのが、2020年10月に導入された「ふるさとワーク制度」。転居を伴う遠方の事業所への異動が発令された際に、生活の拠点を変えることなくテレワークをベースに仕事ができるというものだ。

 「コロナ禍で緊急事態宣言が出され、人流を抑制するための行動制限が強化されたことは、旅行商品を取り扱う弊社にとっては非常に厳しい状況でした。社員の一時帰休などを実施しながら、働き方においては店頭業務などの一部の職種を除いてテレワーク勤務を実施。こうした環境の変化が、生産性や働き方の柔軟性を高める制度の導入が加速した背景の1つになっています」(JTB広報担当・松隈和子さん)

会社命令で始まった新しい働き方 初めは不安も

 「組織改編で今の業務を東京に集約することになったのでそちらに異動になりますが、勤務地は引き続き仙台でお願いします」。21年4月、会社からそんな異動辞令を受け取ったのは、仕入企画部東日本仕入企画第六課に所属する石田智恵さん(46歳)。仙台市出身で、観光系の専門学校を卒業してJTBに新卒入社。以来26年、地元の仙台に暮らしながら主に東北エリアの旅行商品の仕入れや企画の仕事に携わってきた。東京の部署に異動した今も、ふるさとワークを利用して変わらず仙台で仕事をしている。

「ふるさとワーク制度」を使い、仙台に住みながら東京の部署に所属することになった石田智恵さん。JTBは全国各地に拠点があるため、すべて在宅勤務でなく、居住地から最寄りの事業所で仕事をすることもできるという(写真提供/石田さん)
「ふるさとワーク制度」を使い、仙台に住みながら東京の部署に所属することになった石田智恵さん。JTBは全国各地に拠点があるため、すべて在宅勤務でなく、居住地から最寄りの事業所で仕事をすることもできるという(写真提供/石田さん)

 ふるさとワークを利用している社員は現在全社で20人ほど。大きく分けて、「介護のために実家に戻って仕事を続けたい」などといったライフイベントに起因する事情や本人の意向で社員が自ら申請する場合と、会社の要請による場合とがあるという。石田さんは後者のパターンだ。会社としては、東北の商品企画のスペシャリストである石田さんのキャリアを尊重するために、制度の利用を提案したのだった。

 「仙台は離れたくないし、ずっと携わってきた企画の仕事はこれからも続けていきたい。ふるさとワークを使えばどちらの希望もかないます。ただ、最初に話を聞いたときは、漠然と『うまくいくのだろうか』という不安も感じました