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次のステージの見つけ方

「ママ、死んでもいいよ」不幸を転機に変えた娘の一言

息子の障害、夫の急死、突然の病…。家族の言葉が道を開き、言葉で人を支えると決めた


仕事で感じたモヤモヤ、予期せぬ逆境、好きで続けてきたこと…さまざまな出来事がきっかけとなって、それまでとは違う仕事の世界に飛び込んだ人たちがいます。思ってもみなかった方向に一歩を踏み出すことに不安はなかった? 新しい世界は自分にどんな変化をもたらした? 多種多様なキャリアチェンジを経験した人たちの話から、次のステージを見つけるヒントを探っていきます。

次のステージの見つけ方

 もし我が子に障害があると知ったら、もし愛する夫が急逝したら、もし突然の病で歩けなくなったら……。想像しただけでも立ち止まってしまいそうな困難ですが、コーチングや講演活動を行う岸田ひろ実さんの人生で実際に起こった出来事です。引き込まれるような笑顔の岸田さんにも「死んでしまいたい」と思うほど苦しんだときがありました。そんなとき、気持ちを逆転させて前を向かせてくれたのは、娘であり作家の岸田奈美さんの言葉だったそうです。

編集部(以下、略) 岸田さんの人生には大きな試練がいくつも訪れるのですが、どうやって乗り越えて次のステージに向かうことができたのですか。

岸田ひろ実さん(以下、岸田) 「乗り越えるコツは?」とよく聞かれるのですが、実は私自身は必死で何かを乗り越えたという感覚がなくて、前だけ向いて楽しいことを探していた、ゆるやかな坂道を諦めずに登り続けたら越えていたという感じかな。

―― ゆるやかじゃないです!

岸田ひろ実(写真中央)
岸田ひろ実(写真中央)
1968年大阪生まれ、神戸在住。ダウン症で知的障害のある長男の出産、夫の突然死を経験後、急性大動脈解離の後遺症で下半身麻痺(まひ)に。普段は車いすを使用し、手動運転装置を使い自家用車を運転して移動。ハワイ、ニューヨーク、ミャンマー、タイ、韓国などに車いすで赴き、現地のバリアフリー状況などをリポート。娘は作家の岸田奈美さん

気持ちを逆転させた夫の言葉

岸田 もともと自己肯定感が高いほうではなくて、人に嫌われたくないからつらい思いをなかなか打ち明けられなかったんです。

 1995年に生まれた息子の良太がダウン症だと知ったときも、「悲しい、つらい、育てられないかもしれない」と思っている自分が許せなかった。誰にも言えずに我慢し続け、こらえきれなくなって勇気を出して夫に話したら、「そんなにつらいなら無理に育てなくていいよ。良太は人に預けることもできるから、ママが元気でいることが大事」と言われて、拍子抜けです。

 理想の妻でありたい私の、発すべきでない言葉を夫は否定しなかった。愛されていると分かってすごく安心しました。この人は私の味方だと思えて、一瞬で「息子を育てたい」に感情が変わった。人ってすごいですよね。誰かに話すって大事だなと思いました。

 息子は皆と同じようには育たないだろうということが怖かった。でも、育ててみたら同じでした。1つのことを理解するのに時間はかかるんですが、できると信じて圧倒的な愛をもってほめて伸ばすのは娘のときと同じでした。

 2歳から健常児と一緒に障害児保育をしてくれる保育園に入れたのですが、子どもたちの力がすごい! 2歳の子どもには良太がダウン症だという感覚がなくて対等なんです。少し言葉が苦手だし、苦手なことは多いけれど、遊びのルールは結構厳しく、ダメなものはダメとケンカもしていました。息子が保育園で身につけたことは今も役に立っていると思います。

 保育園の友達と一緒に小学校に上がれたのもよかった。他の子どもたちと同じように勉強ができるようになるのは無理。でも音楽や体育は一緒にできて楽しそうでしたし、何より、社会って厳しい、ままならないものだよということを教えたかった。生きていく上で必要な社会でのルールを身につけてほしかった。

―― それが良太さんの力になっているんですね。そして次の試練がふりかかる……。

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