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人生100年時代 誰もがいつかはフリーランス

金融機関→プロコーチ 独立で収入半減も視界良好のワケ

会社員時代から学びを通してご縁を積み重ね、フリーランス1年目はコロナ禍に見舞われるも少しずつ前進中


会社に勤めていれば定年がありますが、その先にも長い人生が続くことを考えれば、多くの人が何らかの形で働き続ける時代。今や誰にとっても、いつかは組織を離れて仕事をする=フリーランスの働き方が自分事になるのです。実際にフリーランスとして働き始めるには、どんな準備が必要?どうやって仕事を見つけるの?一足先にフリーランスへの道を歩み始めた同世代のケースを中心に、役立つ情報をお届けします。

人生100年時代 誰もがいつかはフリーランス

 会社員からフリーランスに転身する場合、仕事とは別に学んできたことを本業に切り替えるというケースもあります。フリーランスのプロコーチとして活動する畑中景子さんは新卒から18年半勤めた金融機関を昨年退職し、今年から本格的にフリーランスとしての道を歩き始めました。プライベートでの出来事をきっかけに学び始めたコーチングを本業とすることに決めた経緯と、フリーランス1年生のリアルな仕事の実態について聞きました。

畑中景子(はたなかけいこ)<br>米国CTI認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ
畑中景子(はたなかけいこ)
米国CTI認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ
慶応義塾大学法学部卒業後、2001年に国際協力銀行に入行。製造業、インフラ、資源セクター向け融資のほか、資金調達やコンプライアンスを担当する。13年にコーチングと出合い、仕事への向き合い方や働き方、人との関わり方が大きく変化。環境審査室にて課長職を務めた後、19年に退職しプロコーチとして独立する。国際コーチ連盟プロフェッショナル認定コーチ、産業カウンセラー。

仕事に全力投球する日々に起きた予想外の出来事

 政府系金融機関である国際協力銀行で、日本企業の海外進出資金や海外資源の開発資金を中心とした融資業務などに携わってきた畑中さん。経営大学院INSEAD(インシアード)に留学してMBAを取得するなど、30代半ば頃までは仕事に全力投球する日々を送っていました。ビジネス系の資格以外に興味を持ったことがなかったという畑中さんが、なぜコーチングと出合うことになったのでしょうか。

 「元をたどっていくと、きっかけは離婚の経験なんです。私はもともと人とのコミュニケーションも得意なつもりで生きてきました。それがある日、夫から『二人の関係をどうしたいのか分からなくなった』と切り出されて。そう言われたことにまずショックを受けたし、ひとまず別居して定期的に会って話し合うことを試みたのですが、全くコミュニケーションが成立せず、相手の心が分からないままでした」

 精神的に苦しい状態が続き、体にも不調を感じるようになった畑中さんは生まれて初めてカウンセリングを受けることに。少しずつ落ち着きを取り戻すと同時に、心について書かれた本を手当たり次第読み始めます。

 「それまでは、ひたすら『私は被害者』という意識だったのですが、相手にも事情があるのかもしれない、悪気はなくても私にも今の事象に至る要因が何かあるのかもしれないと思うようになっていきました。それである日、『今日は私もカウンセラーのつもりで、彼の話を聞いてみよう』と決めて向かい合ったら、初めて相手の心と深くつながることができたと感じたんです。その後は話し合って別れを選択することができました。もちろん、とてもつらかったですけれども。

 こうした離婚までのプロセスは、それまで何事も白黒はっきりさせるべきだ、自分の努力次第で何でもどうにかできると思っていた私にとって、『世の中にはどうにかしたくてもどうにもならないことがある』と身をもって学んだ大きな出来事でした

 心の深いところで相手と通じ合う経験は、畑中さんの中に不思議な感覚として刻まれたとのこと。加えて「せっかく心理関係の本を大量に読んだことだし、もったいないから何か資格に生かそう」と考え、産業カウンセラーの資格を取得。そんなある日、大学時代の友人に心についての学びがいかに奥深く面白いかを熱を込めて話すと、「コーチが向いているんじゃない?」と言われたといいます。

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