「越境」して他の組織や業種の人に接すると仕事への学びが多い、とARIAではたびたび取り上げてきました。今回はさらにその枠を広げて、ホテル総料理長やスポーツ指導者、バレエ芸術監督やオーケストラの指揮者、さらに巨大なボランティア組織や旅館の女将と、異分野のリーダーたちに仕事やリーダーシップの心得を聞きました。新しい気づきや学びがあるはずです。

 多様性のある組織の力強さについては、日本でも認識されるようになってきましたが、多様なバックグラウンドを持つ人たちを率いるリーダーは、どのようにチームを1つの目標に導くのでしょうか。文化的背景や国籍や言語も違う、技術やパフォーマンスもバラバラな人たちを短期間でまとめ上げ、1つの世界をつくり出す。それが指揮者という仕事です。世界各国のオーケストラに招聘(しょうへい)されて演奏を続けてきた指揮者の西本智実さんに、そのエッセンスを聞きました。

西本智実
西本智実
指揮者。イルミナートフィルハーモニーオーケストラの芸術監督を努めるほか、世界各国を代表するオーケストラ・名門国立歌劇場・国際音楽祭より招聘。ダボス会議(WEF)「2030年イニシアティブ」に取り組むヤンググローバルリーダー、内閣府・ムーンショット課題9 Sub Project Manager兼Principal Investigator、広島大学特命教授、大阪音楽大学客員教授、広州大劇院名誉芸術顧問、大阪国際文化大使、ヨーロッパ文化支援財団(EUFSC)指名指揮者ほか。Fondazione pro Musica e Arte Sacra「名誉賞」、内閣官房国家戦略室「国家戦略担当大臣サンクスレター」など受賞多数(写真/堀隆弘)

指揮者の仕事は現場に立ったときに半分以上終わっている

編集部(以下、略) 公演ごとに人種、国籍、バックグラウンドも多様なプロの演奏者の人たちを1つにまとめて楽曲を高めていくのは大変なことだと思いますが、どのようなことを大切にしていますか?

西本智実さん(以下、西本) 1つは、作曲家への尊敬と、その作品を世界一好きになることです。指揮者という仕事は、現場に立った時点で仕事の半分以上が終わっているんです。そこにたどりつくまでに楽曲を分析し、新たな発想で構築することに長い時間を費やします。

 私はレパートリーという言葉があまり好きではなくて、過去に演奏したことがある曲も「前にやったから」という思いは取り除いて、まっさらの状態に近づけるために、今の目線で曲を分析する。例えば文学作品でも、子どもの頃に読んだ詩を、大人になって読むと言葉の背景にある意味など受け止め方が変わってきますよね。音楽もまさにそうです。

 新たな目で分析し、分解したものを組み立て直すと新たな世界が見えてきます。作曲家が緻密に作った楽曲には言葉で伝えなくても音色で世界を変える力がある。作曲家に対する尊敬の念は年々つのります。

 リハーサルの場では、私が分解・再構築したビジョンを皆に伝えます。欧州には同じ劇場で演奏し続ける楽団もあるし、指揮者と楽団が長年共に演奏するケースもあり、お互い意思疎通がしやすいだろうと思いますが、私は監督する以外の海外の楽団から招聘されることが多い。初めて会う文化的背景の異なる人たち、母国語もさまざまに混じり合うメンバーと、まずは1対100で向かい合うのです。

―― その環境で繊細な思いを伝えるのは難しいのでは?