「越境」して他の組織や業種の人に接すると仕事への学びが多い、とARIAではたびたび取り上げてきました。今回はさらにその枠を広げて、ホテル総料理長やスポーツ指導者、バレエ芸術監督やオーケストラの指揮者、さらに巨大なボランティア組織や旅館の女将と、異分野のリーダーたちに仕事やリーダーシップの心得を聞きました。新しい気づきや学びがあるはずです。

「G7伊勢志摩サミット」のディナーを統括

 三重県の志摩半島で70年以上の歴史を持つ「志摩観光ホテル」。穏やかな英虞(あご)湾を望む丘の上に立ち、小説『華麗なる一族』の舞台にもなった由緒正しきホテルだ。2016年には主要国首脳会議(G7伊勢志摩サミット)が開催され、伊勢海老やアワビなど地元の食材をふんだんに使った料理が各国の首脳たちに振る舞われた。

 その時のディナーを仕切ったのが、志摩観光ホテル総料理長の樋口宏江さん。レストラン「ラ・メール ザ クラシック」のほか、フレンチレストラン「ラ・メール」、和食「浜木綿」、鉄板焼きレストラン「山吹」、その他カフェなど同ホテル内のすべての調理部門の責任者であり、約60人のスタッフをまとめるリーダーだ。

樋口宏江 志摩観光ホテル総料理長
樋口宏江 志摩観光ホテル総料理長
ひぐち・ひろえ/1971年、三重県生まれ。91年、志摩観光ホテルに入社。94年、志摩スペイン村のレストラン「アルカサル」の料理長就任。その後、志摩観光ホテルのフレンチレストラン「ラ・メール」のシェフを経て、2014年より現職。16年G7伊勢志摩サミットのディナーを担当した

 プロの料理人の世界は男性社会だ。力仕事が多い、労働時間が長いといった厳しさはあるだろうが、そもそも日本料理でもフランス料理でも、厨房は女性の料理人を拒んできた。

 「就職活動をした約30年前は、女性料理人でもいいというホテルはほとんどありませんでした」と、樋口さんは振り返る。

 そんな中で、樋口さんを料理人として迎え、のちに総料理長を任せた志摩観光ホテルは非常に珍しいケースだ。総料理長になったのは樋口さんが43歳の時。部下には「就任前日までは先輩だった」という年上の男性も多くいたという。リーダーに立つことに迷いはなかったのか。

志摩観光ホテルの料理には、地元の食材がふんだんに使われている
志摩観光ホテルの料理には、地元の食材がふんだんに使われている