バブル崩壊後の不況期に社会に出る運命にあったがゆえに、就職難に見舞われた氷河期世代。40代の多くの方は、少なからず氷河期に辛酸をなめた経験があるはずです。氷河期はなぜ生まれたのか、氷河期世代を取り巻く環境の変化、さらにはウィズコロナの時代にこの世代がどうなっていくかを考察。「氷河期の壁」を乗り越え、苦難を成長の源泉に変えた女性たちのレジリエンスにも迫ります。

 アジア市場で日本の商品・サービスや訪日観光のマーケティング&ブランディングを手がけ、観光庁の専門家でもある小松﨑友子さん(42歳)。社会生活のスタートは、グローバルに活躍する現在の姿からは想像しがたいものでした。「まるでジェットコースターのよう」と本人が振り返るほど紆余(うよ)曲折の約20年を乗り越えられたのは、「就職氷河期を経験したからこそ」だと振り返ります。

最後の面接でようやく就職が決定、入った会社はブラック企業

―― 大学の専攻は教育学部だそうですが、教師になるという選択肢はなかったんですか?

小松﨑友子さん(以下、敬称略) 「将来は埋もれている才能を見つけて伸ばす仕事に就きたい」という思いから教師を志し、教育学部に進学しました。でも、映画のサークルに所属して、脚本を書いたり撮影したりしているうちに、「やりたいことは世の中にメッセージを発信する仕事。それは広告代理店でできること」と確信したんです。

 とはいえ、卒業した2001年は就職氷河期まっただ中で、広告代理店は新卒採用がほとんどなく、とにかく就職しなければと焦り、最後に面接を受けたのが英会話学校でした。「学校だから教育学部出身者は採用されるかな?」ぐらいの気持ちで……。正直、消極的な理由でしたね。

iNTO代表取締役 小松﨑友子さん
iNTO代表取締役 小松﨑友子さん
こまつざき・ともこ/大学卒業後、英会話学校の営業、広告代理店を経て2010年10月にiNTO(イントゥ)を設立。イベントやメディアとのコラボレーション、映像を活用したプロモーションなどのPRを幅広く手がける。東日本大震災後は中国・香港・台湾での活動を本格化。17年に「ジャパン・ツーリズム・アワード」で「メディア部門賞」を受賞。19年『インバウンド・ビジネス戦略』(日本経済新聞出版)を共著にて出版。

小松崎 英会話学校での主な仕事は、新規顧客の獲得です。日々厳しいノルマが課せられ、その日の目標を達成できなかった日は、オフィスに寝泊まりしたこともあります。いわゆるブラック企業ですよね。初めて働いた会社だったから、それが当たり前だと思って、社会って厳しいんだな、程度に考えていました。よくも悪くも、その点においては鈍感でしたね(笑)。

 その一方で、多くの英会話学校の中から、生徒さんが私たちを信じて選んでくれたのがうれしくて。彼らの気持ちに報いなきゃという思いで、どうしたら楽しく学べるかをいつも考えていました。イベントを企画したり、生徒さんの進捗状況を先生と共有して目標達成まで応援したり。マニュアルにないことでも、自分にできることを見つけてやり尽くすのが楽しかったです。