さまざまなことが不確実で先が読みづらい時代を生き抜くため、ビジネスパーソンが身に付けたい真の教養力とは? 単なる知識の蓄積ではなく、仕事や人間関係に生かせる、これからの「教養力」について組織のリーダーやオピニオンリーダーと考えます。

 アクサ生命社長を務める一方でさまざまなNPO活動にも関わり、歌舞伎、宝塚歌劇、文楽、大相撲など多彩な趣味を持つ安渕聖司さん。物事を額面通りに受け止めず、「絶対にこうだ」と思う自分さえも疑う姿勢を持ち続ける安渕さんにとっての「教養」とは?

知識は「相手を中心に考えて」使う

編集部(以下、略) ビジネスの場以外で得た教養が、結果としてビジネスを助けた、という経験はありますか?

安渕聖司さん(以下、安渕) これまでに何度もあります。特に印象深いのが、前職であるクライアントにあいさつに行ったときのことです。その企業の創業会長は寡黙な方で、「長くても15分でアポイントは終わる」と聞いていました。

 会長室にお邪魔すると、同席している役員の方々が既に緊張していました。案の定、ビジネスの話をしても短い返事が返ってくるだけ。そこで私は、その会社の入り口に設けられていた美術ギャラリーのようなスペースの話題を出しました。そこには唐三彩(唐時代の陶器)の置物や、天平美人風の絵画が飾ってありました。「あれは会長のコレクションですか?」と。すると、ふっと目を合わせてくださった。

 私は学生時代に出光美術館(東京都・千代田区)でそうした美術品をよく見ていて、台湾の故宮博物院へも行ったことがありました。会長のコレクションについていくつか質問をしていくと、美人画が楊貴妃を描いたものであること、美術品を購入する際の本物と偽物の見分け方など、楽しそうに話してくださいました。気づくと1時間15分もたっていて、周囲の人が驚いていましたね。雰囲気が和やかになり、その後のビジネスもうまくいきました。

 ただ、強調しておきたいのは、これは決して「知識をひけらかす」といったことではない、ということです。せっかくお会いできた人ですから、その方が興味を持ちそうなことを聞き出す。相手を中心に物事を考えて、たまたま自分が知っている手掛かりを、その場に応じてちょっとだけ使う、という感じです。

アクサ・ホールディングス・ジャパン代表取締役社長兼CEO 安渕聖司
アクサ・ホールディングス・ジャパン代表取締役社長兼CEO 安渕聖司
1979年三菱商事に入社。90年ハーバード大経営大学院修了。99年リップルウッドの日本法人立ち上げに参画。UBS証券を経て2006年に米ゼネラル・エレクトリック(GE)グループに入り、1年後にGE キャピタル・ジャパン社長兼CEOに。19年から現職。著書に『GE世界基準の仕事術』(新潮社)など

―― いわゆる「博識である」ということとは違うわけですね。

安渕 そうです。やみくもに知識を積み重ねていくことでなく、興味のあることを有機的につなげていっている感覚です。例えば、歌舞伎や文楽が好きな人は江戸時代にも興味があるはずだ、みたいな。まさに私もその2つが好きですが、「武士が没落し、町人が力を持ったということは、この時代の武士は実は結構、ばかにされているということだよね」と読み解くとか。

 また、忠臣蔵の精神みたいなことは日本人の中にまだ生きていて「戦後、GHQが忠臣蔵などの時代劇を制作・上映禁止したのは分かる」とか、現代においても「会社のために」という姿勢を、「現代版忠臣蔵ですよね」といった見方で語ることができる。