さまざまなことが不確実で先が読みづらい時代を生き抜くため、ビジネスパーソンが身に付けたい真の教養力とは? 単なる知識の蓄積ではなく、仕事や人間関係に生かせる、これからの「教養力」について組織のリーダーやオピニオンリーダーと考えます。

あたらしい教養力 知ってるよりも“使える”が大事
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 歴史や文学、芸術など、幅広い分野に造詣の深い、博識な人……。「教養のある人」と聞いて思い浮かべるのは、こうしたイメージではないでしょうか。ビジネスパーソンにとっての教養の重要性が注目される中、まずはその本質を正しく理解する必要があります。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授の藤垣裕子さんに、私たちの日常に根差した教養の力とその役立て方について聞きました。

「教養=知識量」イメージの背景をひもとくと…

編集部(以下、略) 「あの人は何でも知っていて、さすが教養が豊かだなあ」「私ももっと教養を身に付けなくちゃ」といったように、私たちは教養を「知識の豊富さ」として捉えがちです。

藤垣裕子さん(以下、藤垣) それはもしかして、「パンキョー」の影響があるかもしれませんね。

―― パンキョー、懐かしいです! 大学の「一般教養」ですね。

藤垣 はい。日本では戦後、新制大学をつくるに当たって、米国の大学の「ジェネラル・エデュケーション(一般教育)」を参考にしました。これが一般教養の起源で、自然科学・社会科学・人文科学の3分野から幅広く科目を履修するカリキュラムが組まれました。

 かつては必修とされたこのパンキョーは、1991年を境に多くの大学から姿を消したのですが、40代後半以降の読者の方々には、恐らくパンキョーのイメージが教養と結びついているのではないかと思います。単位のためにいろいろな授業をとらなくてはいけなかったので、知識をたくさん持っていることが教養である、と。

―― 確かに、それはあるかもしれません。

藤垣 でも、そもそも教養自体に知識という意味はありません。教養の語源はカルチャー(culture)。カルチャーの訳は1つが文化で、もう1つが教養なんです。そして、カルチャーという言葉はラテン語のコレール(colere=耕す)に由来しています。土地を耕すことから、心を耕すという意味になりました。

 心を耕して豊かにするためには、自分で考える力をつけることが必要です。考えるためにはいろいろ調べるので、知識が増えていきます。決して知識をためることが目的ではないのです。

―― 東大では、2015年度から教養教育改革が行われてきたということですが、背景にどのような問題意識があったのでしょうか。

藤垣 教養教育改革を含めた「総合的教育改革」が議論され始めたのは13年からなのですが、その2年前に東日本大震災が発生しました。震災の直後は、東大に限らず学術界全体が「なぜ科学技術立国と言いながら、日本であのような原発事故が起こってしまったのか」という問いを突きつけられ、真剣に議論が交わされました。私も学内をはじめ、日本の科学者の代表機関である日本学術会議でも議論に参加しました。

 当時、日本の原子力研究も、津波や地震の研究も一流の水準でした。それなのに原発事故に対処できなかったのは、なぜか。

東大では、2013年から総合的教育改革の中で教養教育に関する議論を開始。その背景には、11年の東日本大震災で発生した原発事故で日本の学術界に突きつけられた大きな問いがあったという(写真はイメージ)
東大では、2013年から総合的教育改革の中で教養教育に関する議論を開始。その背景には、11年の東日本大震災で発生した原発事故で日本の学術界に突きつけられた大きな問いがあったという(写真はイメージ)