社員に身に付けてほしいスキルを企業が再教育する「リスキリング」に本気で取り組む企業が急激に増えています。背景には、デジタルや環境といった知識をあらゆる社員が身に付けると、業務が大幅に効率化されて新しい事業・サービスが生まれると期待されているからです。デジタルネイティブの若手のみならず、ミドルも役職者も待ったなし。リスキリングの今を追います。

 リスキリングはデジタルスキルに限らず、新たなビジネスモデルやテクノロジーに対応するために今後さまざまな分野で必要とされるだろう。中でも注目されるのが環境分野だ。環境保全などに関わるグリーンジョブに対応するための「グリーン・リスキリング」とはどのようなものなのか、世界ではどのように取り組まれているのか、ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さんに詳しく聞いた。

環境問題への取り組みは社員と消費者をつなぎとめる喫緊のテーマ

編集部(以下、略) グリーン・リスキリングは日本であまり目にしない言葉ですが、海外では注目度が高いのですか?

後藤宗明さん(以下、後藤) 「グリーン・リスキリング」は日本で分かりやすく概念を伝えるために私が作った言葉です。欧米ではグリーンジョブ、グリーンスキルという言葉はあり、Reskilling for Green EconomyとかReskilling for Green Ecosystemなどどいわれています。

 前提として、リスキリングは「新しいことを学び、新しいスキルを身に付け、新しい職業に就くこと」。衰退産業から成長産業に労働力を移動させるためのものです。リカレント教育とは全く別のもの。

 リカレント教育は生涯学習の一環として、長期間にわたって「働く」「学ぶ」のサイクルを繰り返すこと。個人の関心が原点なので歴史や文学を学ぶのも自由ですが、リスキリングは100%仕事に直結していて、企業が生き残りをかけて従業員にスキルを身に付けさせるもの。企業の責任において行う、つまり業務です。

 リスキリングに注目が集まる背景として、米国ではThe Great Resignation、大量退職時代の問題が浮上しているんです。2021年6月にマイクロソフトが行った調査で、41%の企業従業員が退職を考えているという結果があります。実際に同年11月には、全米で453万人が自主退職しました。解雇や人員整理を含まない自主退職だけでこの数です。YouTubeに退職理由を投稿する「I Quit」が流行するほどです。

 辞める理由の第1位は「企業が成長機会を与えていない」こと。実に80%の従業員がこう回答しています。これが大量退職時代の最大の原因と言われていて、この解決策にリスキリングが挙げられているのです。会社がリスキリングしてほしい方向性と個人の関心の方向をいかに結びつけられるかに企業の関心が高まっており、人事担当は頭を悩ませています。

 そして、多くの20代が辞める理由は「会社のパーパスに共感できない」ことなんです。彼らは環境に対する意識が高く、二酸化炭素を大量に排出する企業で働きたくないといいます。グリーン・リスキリングを進めることで優秀なZ世代の人材をつなぎとめ、社内で活躍してもらうことにつながると期待されています。

 また、若い人たちの間で企業の二酸化炭素排出量を調べて、対策を取っていない製品は買わないということが起こっており、企業は対応を迫られています。環境問題に取り組まなければ、人材も消費者も離れてしまうのです。

攻めのリスキリングと守りのリスキリング

―― なるほど。企業にとっては死活問題ですね。同時にグリーンエコノミーは国全体の課題でもあります。

後藤 はい。国や行政主導で行われるべきだと考えています。

 リスキリングの先進パターンを分類すると、企業主導型と国家主導型に大きく分けられます。リスキリングで現在主流なのはデジタルの分野ですが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は企業が進化し、産業構造を転換するための「攻め」のリスキリング。一方で中高年の雇用を守るために再戦力化したり、技術的失業させないためのものは「守り」のリスキリングといえます。

リスキリング事例のパターン分類。新たなビジネスモデルを作る「攻め」のリスキリングと、既存事業や雇用を守る「守り」のリスキリングがある(ジャパン・リスキリング・イニシアチブの資料を基に編集部で作成)
リスキリング事例のパターン分類。新たなビジネスモデルを作る「攻め」のリスキリングと、既存事業や雇用を守る「守り」のリスキリングがある(ジャパン・リスキリング・イニシアチブの資料を基に編集部で作成)