新型コロナウイルスの感染拡大により、日本全国を対象に緊急事態宣言が出され、世界でも先進国を筆頭に人的、経済的、社会的に大きな犠牲がもたらされています。働き手として経済を支えていくべき私たちは、今後、どんな働き方・生き方をしていけばいいのでしょうか。現在を正確に知ってより良い将来につなげるために、各界のリーダーに取材した声を緊急特集でお届けします。

 世界を襲う「コロナ・ショック」を、ゴリラ研究の世界的権威であり、京都大学総長の山極寿一さんはどう見ているのでしょうか。一人ひとりの生き方から始まり、家族の話、人間が地球に課していた負担、コミュニケーション論、オンラインで可能・不可能なこと、そしてゴリラの暮らしまで――縦横無尽に話題は展開していきました。

自分にとっての「ホーム」とは?

 新型コロナウイルスの感染拡大と、それに対応するためのさまざまな変化の中で、ここ数カ月間のうちに人々は多くのことに気づき、これまでの在り方を見直す必要に迫られています。

 生活を直接的に変えた出来事の筆頭は、外出自粛とテレワークです。「ステイホーム」を合言葉に、世界中の人々が自宅中心の生活を経験しました。自宅といってもその「かたち」はいろいろ。独身世帯や夫婦だけの世帯もあれば、子どもの多い家庭もあるし、要介護者を抱えた家庭もあります。一人ひとり、自分にとっての「ホームとは何か」という問題に直面したことでしょう。

 今まで仕事に一生懸命で、自宅で過ごす時間が少なかった人ほど、「ホームとは何か」を考えざるを得なかったのではないでしょうか。家族全員が自宅にずっといるという環境の中で、子育てや家事、介護の分担など、これまでも既に課題であったはずのことが改めて目の前に突き付けられました。労働と家庭とのバランスは、コロナによって明確になった最も身近な問題と言えます。日本はこれまで労働優先の社会でしたが、ステイホーム期間にさまざまな問題が自分事として捉えられた今、この価値観は見直さざるを得ないでしょう。


山極寿一
霊長類学・人類学者、京都大学総長
やまぎわ・じゅいち/1952年、東京都生まれ。京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。理学博士、日本学術会議会長。ゴリラ研究の世界的権威。ゴリラを主たる研究対象にして人類の起源を探っている。著書は『家族進化論』(東京大学出版会)、『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』(毎日新聞出版)他多数。

ゴリラの暮らしは「接して触れ合わず」

 ゴリラは、「接して触れ合わず」という生活をしています。一日中、群れと一緒に時間を過ごします。その時間を平和に過ごすには、たとえ体の大きさが違ったとしても平等にならざるを得ません。皆さんは、外出自粛生活の中で「閉鎖された集団の中での対等性」がいかに大事であるかを、痛感したのではないでしょうか

 一方で、ゴリラは集団から数日離れただけで、元の集団に戻れなくなります。「身体が共鳴し合っていること」が群れのメンバーであることの証しなのです。人間は共鳴から外れたとしても、許容力を持っているため、集団に戻ることができます。その許容力を生かした社会をつくるべきだと思います

「労働と家庭とのバランスは、コロナによって明確になった最も身近な問題と言えます」 写真提供/京都大学
「労働と家庭とのバランスは、コロナによって明確になった最も身近な問題と言えます」 写真提供/京都大学