新型コロナウイルスの感染拡大により、日本全国を対象に緊急事態宣言が出され、世界でも先進国を筆頭に人的、経済的、社会的に大きな犠牲がもたらされています。働き手として経済を支えていくべき私たちは、今後、どんな働き方・生き方をしていけばいいのでしょうか。現在を正確に知ってより良い将来につなげるために、各界のリーダーに取材した声を緊急特集でお届けします。

 家に閉じこもらざるを得ないこの時期こそ、コロナ不安を乗り越える大人の読書を。1万冊以上の本を読破し、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)学長を務める知の巨人、出口治明さんに「この時期だからこそ読んでおきたい5冊」を紹介してもらいました。(上)(下)2回でお届けします。


出口治明
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
でぐち・はるあき/1948年、三重県生まれ。72年、京都大学法学部卒業後、日本生命保険入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。08年、還暦でライフネット生命を開業。12年、上場。10年間社長、会長を務めた後、18年1月から立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。著書に『人類5000年史Ⅰ~Ⅲ』(ちくま新書)など。

フェイクニュースに惑わされない

 新型コロナウイルスが猛威を振るい、世の中にはうわさやフェイクニュースがあふれています。そんなとき、まず読んでほしいのは『知ろうとすること。』(早野龍五・糸井重里 共著)です。

「こういうときこそ情報リテラシーを高めることが大切」と話す出口治明さん
「こういうときこそ情報リテラシーを高めることが大切」と話す出口治明さん

 人間はそれほど賢い生き物ではありません。東日本大震災で福島第一原子力発電所の事故が起きたとき、人々はパニックになってうわさやフェイクニュースが増幅されました。そのとき、東京大学の物理学者、早野龍五教授が、放射線量に関して東京電力が公表した数値や県、市町村が測定した数値を逐一グラフ化して発信してくださいました。意見や見解ではなくデータを提示して、チェルノブイリ原子力発電所事故のときと比べてどの程度であるといったファクトを明らかにしてくれた。そのおかげで多くの人がパニックに陥ることなく救われたのです。

早野龍五、糸井重里 共著『知ろうとすること。』(新潮文庫刊)。福島第一原発の事故後、淡々と事実を分析して発信し続けた物理学者・早野龍五さん。その姿勢を尊敬し、自らの指針とした糸井重里さんが、放射線の影響や「科学的に考える力の大切さ」について語り合った
早野龍五、糸井重里 共著『知ろうとすること。』(新潮文庫刊)。福島第一原発の事故後、淡々と事実を分析して発信し続けた物理学者・早野龍五さん。その姿勢を尊敬し、自らの指針とした糸井重里さんが、放射線の影響や「科学的に考える力の大切さ」について語り合った

 今もフェイクニュースがあふれていますが、『知ろうとすること。』という薄い文庫本を1冊読むことで「何が信頼に足る情報なのか」「何を参考に行動すればいいのか」がよく分かります。

 政府が招集した新型コロナウイルス感染症対策専門家会議について、政府の意向に沿う人ばかりが集められたのではないかと政治不信を感じる人もいるかとは思いますが、よく考えてみてください。憲法を変えるようなイデオロギーに関わる問題であれば、政府の人選に偏りがあるかもしれませんが、新型コロナウイルスは自然災害の一種であり、人命に関わる問題です。人がどんどん亡くなったら国力も弱体化するわけですから、どんな政府でも最高の専門家を集めようとするはずです。