ビジネスパーソンがリベラルアーツを学ぶ重要性が注目されています。変化のスピードが速く、社会が抱える課題が複雑化する中で、教養を深める意義とは? そのヒントが、米国・マサチューセッツ工科大学の音楽の授業にありました。ノーベル賞受賞者を多数輩出している工学・科学の名門である同校は必修科目として豊富な音楽科目を展開。音楽を学ぶことで磨かれる、テクノロジー全盛の時代に求められる力について、現地を取材した音楽ジャーナリストの菅野恵理子さんが解説します。

(1)理系の世界的な名門・MITで、なぜ音楽の授業が人気?
(2)MIT学生はザ・ビートルズや世界の音楽から何を学ぶか
(3)ビジネスパーソンにお薦め 思考の幅を広げる音楽4選 ←今回はココ

 MITの授業を通して、音楽がいかに多様な学びの宝庫であるかをこれまでお伝えしてきましたが、仕事でもプライベートでもさまざまな経験を重ねてきた社会人のほうが、より深くその実感を得られるのではないかと思います。「これはこういう意味があったんだ」「あの体験が今にこうつながっているんだ」というように、音楽という大きな体系の中に個人的な体験を位置づけていくことで、過去と現在をつなぎ、さらに未来へと意識を持っていくことができると思うのです。

 そこで最後に、自分の内面を見つめたり、創造の力を知るきっかけになったりするような、ビジネスパーソンにもお薦めの曲や作曲家を紹介します。

抑圧には決して屈しない 人間の本能の叫び

プーランク 「人間の顔」

 「人間の顔」はフランスの作曲家、プーランク(1899~1963)が1943年に作曲したカンタータ(多楽章の声楽曲)です。シュールレアリスムの詩人、ポール・エリュアールの詩にプーランクが曲を付けています。8曲で構成されていて、お薦めしたいのは、終曲の「自由」です。

 当時フランスはナチス・ドイツによる占領の真っただ中。非常に抑圧された状況の中で作られたこの曲は、「私は学校のノートの上に君の名を書く」「鳥たちの翼の上に君の名を書く」「差し伸べられる1人ひとりの手の上に君の名を書く」といったように、「○○の上に君の名を書く」という詩が延々と続きます。そして最後には「君を名付けるために 私は生まれてきたんだ 『自由』と!」と声を合わせ、ソプラノがひときわ高く声を上げて終わります。

 あらゆるところに名前を書くのは、それが奪われてしまうから。日常の中に当たり前にあったもの、当たり前にあったはずの自由を奪われることがどれほど恐ろしいか、当時を生きていた人たちは痛切に感じていたと思います。

 とても美しいメロディーで始まり、だんだんボルテージが上がっていく曲の展開も、通して聴くと実に感動的です。人間は強い抑圧を受けると、反動として自由を渇望するということがよく分かります。また、芸術は抑圧に対抗する手段でもあって、決して屈しないというメッセージも込められている。これほどまでに強い感情が音楽に宿ることを、この曲は教えてくれます。

 次に、異なるアプローチで多様性を体現する作曲家を2人紹介します。

音楽を聴き、そこに込められた作曲家のメッセージや創造のプロセスをひもとくことは、私たちにさまざまな発見や世界の広がりをもたらしてくれる
音楽を聴き、そこに込められた作曲家のメッセージや創造のプロセスをひもとくことは、私たちにさまざまな発見や世界の広がりをもたらしてくれる