ビジネスパーソンがリベラルアーツを学ぶ重要性が注目されています。変化のスピードが速く、社会が抱える課題が複雑化する中で、教養を深める意義とは? そのヒントが、米国・マサチューセッツ工科大学の音楽の授業にありました。ノーベル賞受賞者を多数輩出している工学・科学の名門である同校は必修科目として豊富な音楽科目を展開。音楽を学ぶことで磨かれる、テクノロジー全盛の時代に求められる力について、現地を取材した音楽ジャーナリストの菅野恵理子さんが解説します。

(1)理系の世界的な名門・MITで、なぜ音楽の授業が人気?
(2)MIT学生はザ・ビートルズや世界の音楽から何を学ぶか ←今回はココ
(3)ビジネスパーソンにお薦め 思考の幅を広げる音楽4選

自分の音楽体験を掘り下げて気づく、多様性の本質

 複雑化する社会の課題を解決するためには、技術の進化と同時に深い人間性理解が不可欠――そうした認識のもと、マサチューセッツ工科大学(MIT)では音楽の授業に力を入れていることを前回お伝えしました。今回は、私が現地で実際に取材した授業をいくつかピックアップ。「音楽を通して何が学べるか」を詳しく紹介していきます。

ワールドミュージック入門

 MITの音楽授業の対象は西洋音楽に限りません。この授業では、文字通り世界各地の民俗音楽について学びますが、最初に出される課題は「パーソナル・ミュージカル・エスノグラフィーを書く」。これまで意識的、あるいは無意識的に聴いてきた音楽を書き出し、自分自身の民俗音楽的バックグラウンドを探ります。

 自分は文化的にどのような環境で、どんな影響を受けて育ってきたのか。それを自覚できたら、クラスメートとシェアします。

 MITは世界各国から学生が集まってきているので、そもそも多国籍な環境ではありますが、音楽体験をシェアすることで、さらに個々人のバックグラウンドも多種多様であることが分かります。そうやって、身近な多様性を認識することから授業が始まるわけです。

 次に授業で扱うのが、チベットのホーミー。ホーミーはモンゴルやチベット、シベリアなどに伝わる「喉歌」の一種で、喉を使った特殊な声の出し方をする歌唱法です。

 まず自分自身のことを掘り下げ、次に声という「人間自身が持つ楽器」について学ぶことで、音楽とは人間の営みであり、その土地に根付いたものであることが直感的に分かるカリキュラムの組み方になっています。

 多分このワールドミュージックの授業に参加するだけで、多様性が何であるのか、ストンとふに落ちると思います。

 多様性って、ともするとLGBTQなど、マジョリティーではない人たちを認めることのように思われがちですが、そもそもLGBTQであってもなくても、一人ひとりにそれぞれの立場があるということが本質のはずです。多様性は自分の周りにあるものではなく、自分も多様性の一部である。それを、音楽のバックグラウンドをひもとき、周囲とシェアする課題で気づかせるというのがとても面白いと感じました。

 同時に、世界の音楽に触れるこの授業では恐らく多様性だけではなく普遍性も見えてきます。要するに、「違っているけれど、似ているよね」みたいな感覚です。

 多様性は「みんなそれぞれ違う」というところで話が終わりがちですが、共通点を見つけていく作業も、相互理解には重要なことです。MITが表立って打ち出しているわけではないのですが、音楽の授業全体に通底している概念として、「多様性と普遍性」がうっすら組み込まれている気がしています。

MITの音楽授業の1つ、「室内楽」の1コマ。演奏実技を通して、個が自立しながら他者とコラボレーションすることを学ぶ(写真提供/菅野さん)
MITの音楽授業の1つ、「室内楽」の1コマ。演奏実技を通して、個が自立しながら他者とコラボレーションすることを学ぶ(写真提供/菅野さん)