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“じゃない人”へ贈る サードプレイスの見つけ方

人に対して常に「開いておく」ことで出合える奇跡とは?

能楽師・安田登のサードプレイス論(6)/肩書が1つもなかった時代に鍛えられたコミュニケーション術。サードプレイスで目覚めるたくさんの「自分」が、人生を豊かにしてくれる


今回は、どんなプレイスでもより良き人間関係が築ける、安田式「ムダをそぎ落としたコミュニケーション術」と、人に対し常に「開いておく」ことで得られる奇跡について。さらにサードプレイスに向かいながら、あなたに秘められた「サブパーソナリティー」はどんどん目覚め、わたし以外のすてきな「ワタシ」が何人も誕生する? というお話です。

人から信用されない「肩書のない」時代

 僕が能と出合ったのは、高校で国語教師をしていた24歳のときでした。

 能の世界に魅了され、入門したのは27歳。

 でも30代で、能を数年間辞めていた時期があります。教師も辞めていたから、当時、僕には一切の肩書がなくなりました。

 しばらく中国を放浪したあと、友達が立ち上げた会社を手伝うことになるのですが、そのときに実感したのは、肩書がないと人から信用されないということ。

 誰に会っても、「で、あなたは何者?」から始まる。

 僕のコミュニュケーション能力が、鍛えられたのはこのときです。

能楽師の安田登さん。「30代で能も、教師の仕事も辞めていた時期があり、何も肩書がないという経験をしました」
能楽師の安田登さん。「30代で能も、教師の仕事も辞めていた時期があり、何も肩書がないという経験をしました」

 友人2人が社長と副社長、そして実務を行う僕の3人で会社を立ち上げたのは、1980年代。ちょうどその頃にはやっていたCI(コーポレート・アイデンティティー)やPI(パーソナル・アイデンティティー)を提案する会社です。その後、友人がCGの会社を立ち上げるときにもお手伝いをします。最初は、誰にも営業哲学やコミュニケーションのテクニックがありませんでした。

 信頼されるためには、まずはコミュニケーション。「どうすればコミュニケーションの質が高まるか?」ということを、毎日、渋谷の喫茶店で意見を出し合いトレーニングしました。

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