あの人は、いつも運やチャンスに恵まれている(ように見える)。好きなことを次々に見つけ、新しい世界で輝いている(ように見える)。それに引き換え自分は勇気もツキもパッとしない……。そんなあなたにこそ伝えたい。運のロジックと、安田登式・チャンスをつかむ実践マニュアル。

「私はこうだからこうあるべきだ」 そんな因果論とサヨナラ

 この連載では、サードプレイスは1つじゃなくていい、ステキな三流魂で気になるところへどんどん行こう。すると自分の「天命」に気づけるよ、というお話をしてきました。

 今回は、「運」をつかむコツについてのお話です。その前に、心にとめておくことがひとつ。それは“因果論”からの解放です。因果論とは「~だから~だ」という考え方です。僕たちは、つい自分はこういうタイプだからこうあるべき、と何かにつけて思いがちですよね。

 ザ・因果論のマジック。あなたが踏み出そうとする一歩を邪魔するワルいやつです。

 そもそも、因果という言葉が日本に根付いたのは、仏教が本格的に入ってきた奈良時代。そう、意外と最近なんです。

極楽浄土か地獄かと迫る、因果論のコワさ

 当時の日本で仏教は、民を治めるために都合のいい最新テクノロジーでした。仏教は、因果論が基本になっている。人間は、生前の行いによって、地獄へ落ちたり天に生まれ変わったりする……! なんて。

 僕たちは長い歴史の中で、因果のコワさを刷り込まれてきたんです。

 「因果」という言葉がなかった前古代の日本人は、大自然の中で自由にのびのび生き、死への恐怖さえもなかった。つまり、今でも因果から自由になれば、サードプレイスは際限なく広がり、自動的に運もチャンスも多くなる。

 さて、では「運」とは何か。あまりなじみがないかもしれませんが、中国の『文選』(作者130人の詩文集)という本をもとにお話をしていきましょう。あまりなじみがないかもしれませんが「令和」という言葉もこの本が元です。

能楽師の安田登さん。今回は、味方につけたい、と多くの人が思っているであろう「運」について考えます
能楽師の安田登さん。今回は、味方につけたい、と多くの人が思っているであろう「運」について考えます