不安な夜を過ごしたあとに…

 あまりに大きな災害に直面し、不安な日々を過ごしたという方も多かったでしょう。新聞社で働く塩田麻衣子さんは、一人暮らしの不安な夜、つけっ放しにしていたテレビである落語家を知り、セラピーのように癒やされた経験から、寄席に通うほどのファンになります。一方、故郷の宮城県在住だった佐藤千夏さんは、子どもができないことを理由に40歳のときに離婚を突きつけられ、たまたま戻っていた実家で被災。命があることに感謝できるようになり、被災地支援のボランティア活動から、新たな人生を歩み始めます。

一人で家にいるのが心細くて、テレビも電気もずっとつけっ放しにしていました。そうしたら、震災から一週間後の金曜の夜中に、落語の番組で『あくび指南』という噺を演じる一之輔さんの姿が流れてきたんですね。その頃のテレビは公共広告ばかりが繰り返されていたから、『毛色の変わった映像だな』と思って何となく見始めました。(中略)とにかくほっとしたのか、心地よかったのか。この時の落語はセラピーみたいな感じだったのかもしれません。


塩田麻衣子(新聞社勤務)

一人で不安な夜、一之輔さんの落語を聴いて安心できた


自分の小ささを思い知らされました。彼らは家族の命を奪われたことを受け入れているのに、私は離婚をつきつけられたことを受け止めきれず、すべてを失った気になっている。私には命がある。子どもたちが前を向いて強く生きているのだから、私にできないわけがない。死生観が変わったというのでしょうか。震災後、どんなことがあっても、命がある私はなんて恵まれているんだ! と思うようになりました。


佐藤千夏(ビジネス・ソリューション・パートナー代表)

40歳で離婚を突きつけられ、単身上京。手探りの再出発


構成・文/大屋奈緒子(日経ARIA編集長)