故郷の奈良に拠点を置き、奈良を撮り続ける理由

―― これまでも奈良を舞台にした作品が多いですが、河瀬さんは今も奈良を拠点に活動されていますね。

河瀬 奈良を出ていく理由がなくて(笑)。東京にも何年か住んだことがありますが、情報や人との出会いは奈良とは比べ物にならないほどあっても、自分を見つめる時間がなくなっていく気がしてしまって。自分がどこにいるのかを見失っては、探して……それの繰り返しだったような。

 それに、東京は一つ一つの出会いを大切にできなくなるようなスピード感がある。せっかく人と出会っても、その時間はすぐに終わってしまって次に行かなきゃいけない、みたいな。そんなときに故郷の奈良に戻ってきて、ちゃんと足を地に着ける生活をしながら表現をすることが自分のオリジナリティーにつながっている気がしたんです。

―― 奈良の良さはどんなところですか。

河瀬 歴史の深さとか、人の優しさとか、時間の流れがすごく緩やかであることを感じてもらえるはずです。例えば、私たちが当たり前だと思っている「おもてなし」の心、奉仕をする気持ち、相手に心地よく思ってもらうための作法や伝統は、海外のスタッフたちから見ればすごく希少で価値のあるもの。日本料理など、時間をかけて、丁寧にすることをよしとする文化が日本にはありますよね。さらに、日本の古都・奈良には、お金では買えない長い「時」の蓄積があると思うのです。いくらまねしようと思っても、どんな富豪が来ても、時間の蓄積だけはまねできず、買うこともできませんから。

取材・文/若尾礼子 写真/西岡 潔