人に振ると、クオリティーが落ちることもあるし、自分が納得いくレベルに達しないことも増える。だけど、その一方で、できることの範囲は確実に広げることができる。だから、スタッフを信頼し、考えや方向性をしっかりと共有し、広げていくことを徐々にしていきました。もちろん、映画を撮り続けるのは体力的には疲れます。けれど、50歳を迎える今、精神というか、魂は今すごくピークだな、と感じているんです。

カンヌで出会ったスピルバーグ監督からの言葉

―― 50歳目前で「魂」がピークに達するのはすごいですね。肉体的な衰えや能力の限界は感じませんか。

河瀬 2013年、カンヌ国際映画祭で審査員を務めた時に審査委員長のスティーヴン・スピルバーグ監督が私に「これからもハングリーでいようね」と言ったんです。あれだけの成功を収めたスピルバーグ監督ですら、ハングリーであることが大事だ、と。

 クリエーターにとって大事なことは、いつも何かを渇望していることだと思うんです。何かが衰えるというのは、能力や体力の衰えではなく、すべてを手にして満たされてしまうことだと思います。私たち作家にとって、満たされることは作らなくてもいいということにつながりますから。

プライベートでは、中学2年生の息子を育てる母親。「自分が働いている姿はできるだけ息子に見せたい」と、カンヌにも連れて行く
プライベートでは、中学2年生の息子を育てる母親。「自分が働いている姿はできるだけ息子に見せたい」と、カンヌにも連れて行く

―― 河瀬さんが30年間も映画を撮り続けることができたのは、そのハングリーさと才能ですか。

河瀬 才能なんてない、ない! 心からそう思っています。ただ、努力は本当にしています。特に20代の頃、誰かに見つけてもらうまでは、誰にも負けない努力をし続けてきたと思っています。私は奈良に暮らしているし、周りに私を支えてくれる環境もない。だから何とかお金と時間を工面して、東京に行っては見てほしい人に作品を届けていました。その努力の間には絶対に人が絡んでいる。どこかに、私の作品を見つけてくれる人がいると信じて、人との関係を大事にしてきました。

 努力し続け、人との関係をないがしろにせずに増やしていく。大事なのは、才能よりハングリーさ。ハングリーというのは、私にとっては欲望かな。この私の思いをフィルムで形にしたいという、強い欲望。その欲望はすごく強かったですね。

「私にとって、この作品はパルムドールです!」

―― 監督人生の中で、その欲望は達成されましたか? これまで100点と思える作品はありますか?

河瀬 作品を撮るごとに何かしらの達成感はありますね。ただ、できていないことも必ずあって、それをまたクリアして乗り越えるために次を撮る。ずっとその繰り返しです。だから「100点」と思える作品はないですね。ですが、カンヌ国際映画祭の壇上で「手応えは?」と聞かれたら、私はいつも「私にとって、この作品はパルムドールです!」と言っています。これはスタッフの人たちに向けての言葉なんです。私はスタッフととことんまで突き詰め、力を合わせて作った。だから「これこそが世界一」だと思いたい。