手の技と身体感覚から生まれる唯一無二の仕事。「手しごと」に魅了されたARIA世代の日常、仕事との出合い、世界観を聞きます。バッグや帯、アクセサリーを繊細な刺しゅうで彩る石原順子さん。刺しゅうを立体のものに施すことでより魅力的にする「立体刺しゅう」の作り手です。世界と日本の様々な手法を学び、今なおとりこになっている刺しゅうの魅力を聞きました。

 「これも刺しゅうなんですか? とよく聞かれます」。石原順子さん(60歳)が手にしたのは、銀色の葉に野イチゴの実や花がいくつも付いた美しいブローチ。茎や葉は自由に動かして形を作ることができる。精巧な宝飾品かアートフラワーのように見えるが「葉っぱは薄いシルクの布に、1枚1枚、細い針金を入れて刺しゅうします。実も薄いシルクにビーズで刺しゅうをして、差し込んだ針金にビーズを通してまとめて……」

 刺しゅうバッグやアクセサリーなどを制作するアトリエCARAを主宰する石原さんが、刺しゅうと出合ったのは32歳のとき。「習うものはすべて平面の刺しゅうでしたが、『立体に刺しゅうすると、かわいさがより引き立つ』と当初から思い、どうしたら立体になるか考えながらいろいろ作ってきました」。身に着けて、体の動きとともに動くものに刺しゅうを施すと一層すてきになる、ともいう。

 最初は自分自身のために作っていたが、作品を「癒やされる」「なぐさめられる」と喜んでもらえることが喜びとなり、誰かのための制作も手掛けるように。3年前には初めて個展を開いた。

 集中力が必要な刺しゅうの作業。新型コロナの影響で家族の在宅勤務が増えた現在はやや時間を減らしているが、普段は毎日7時間を刺しゅうに充てている。

ワイルドストロベリー(野イチゴ)の刺しゅうのブローチ。「小学校の頃、学校の帰りに友達と野イチゴを食べた思い出からイメージが広がりました」
ワイルドストロベリー(野イチゴ)の刺しゅうのブローチ。「小学校の頃、学校の帰りに友達と野イチゴを食べた思い出からイメージが広がりました」
石原順子さん。刺しゅうをするバッグを自作するために、革工芸の技術も学んだ。聖母子の刺しゅうのバッグ(右)は自身のアイコン的アイテムという
石原順子さん。刺しゅうをするバッグを自作するために、革工芸の技術も学んだ。聖母子の刺しゅうのバッグ(右)は自身のアイコン的アイテムという