前年に経験した乳がん。古い生地の再生は自身の癒やしにもつながる

 伊東さんが着物服を作り始めてもう1つ、偶然の一致を感じたことがある。その前年、45歳のときに乳がんを経験。両胸を全摘し、再建した。

 「自分の体が変わるということが、いろいろな意味でショックでした」。手術の傷痕が残る体にどこかなじめずにいたという。

 古い着物をほどくと、傷があったり、染みや汚れがあったりする。それまでの歴史が刻まれた布を新しい服に再生して「第2の人生」に送り出す作業は、どこかで自分自身の癒やしとアップデートにつながっている、という。

 新しいものにはない経年の美しさも、デザイナーとしての伊東さんの心を捉える。例えば、ある着物の裏地に使われていた羽二重の生地。元はおそらく純白だったと思われるが、セピアに変色した上に細かい水滴のような染みが広がっていた。「それがあまりにきれいだったので、そのままボウタイブラウスを作りました」。生地自体に弱っている部分はなく、絹の輝きも残っている。時を経た生地が放つ生命力のようなものに、作りながら感動を覚えたそうだ。

緋色(ひいろ)のジャカード織地を使ったライダーズジャケット。裏地は黒に緋色の花文様のちりめん地
緋色(ひいろ)のジャカード織地を使ったライダーズジャケット。裏地は黒に緋色の花文様のちりめん地
花柄のちりめん地のドレスは、花弁に繊細な刺しゅうが施されている
花柄のちりめん地のドレスは、花弁に繊細な刺しゅうが施されている