男性が中心の和平交渉は被害者の声が反映されにくい

瀬谷 女性の力というとマザーテレサのような博愛精神をイメージされがちですが、そうではなくて、弱い者の立場に立った和平プロセスがつくれるからなんです。紛争の被害者は圧倒的に女性や子どもです。レイプ、暴力、虐待、命を落とすこともあります。加害者はほとんどが男性で、加害者である彼らが中心となった和平交渉では、傷ついた社会の痛みや被害者の声が反映されにくく、同じ問題を防ぐための対策が見過ごされやすいのです。男性視点の和平プロセスが、国民の共感を得られず頓挫したり、クーデターや新たな紛争のきっかけになることもあります。

羽生 被害者の立場を考えられる女性の声は、平和な社会を取り戻すために極めて重要なんですね。

瀬谷 はい。男性中心の復興ではなく、弱い者として軽視されがちだった女性や子どもたちも担い手となり、未来に希望を持てる社会をつくることが必要です。そのための具体策として、私たちは紛争やテロの多い地域で教員、警察、市民団体など地元の女性を調停人やコミュニティワーカーとして育成する活動もしています。彼女たちにコミュニティの受け皿となる相談窓口の役割を担ってもらい、争う寸前の人々やテロリスト予備軍の子どもや若者が紛争の当事者になるのを未然に防いだり、争いが小さいうちに解決して拡大を防いだりしています。

 ソマリアでは、地域の長老たちがテロ組織の報復を恐れて見て見ぬふりをするなか、唯一母親たちが立ち上がり、何の後ろ盾もないなか100人が集団で武装勢力の拠点に息子たちを取り戻しに行ったのです。追い返そうとする司令官たちから危害を加えられた母親たちもいたのですが、それを見た子どもたちが、「何の罪もない母親に危害を加えるような教えが正しいはずがない」と目を覚まし、テロ組織と決別し家に戻ったのです。そんな女性たちを見た他の住民や若者たちも、自ら行動を起こそうと意識の変化も生まれ始めています。

南スーダンでは、紛争で親を亡くした子どもや、紛争後の貧困から食べることができない子どもらが多くおり、路上生活をして社会問題となっている。写真はストリートリチルドレンたちと
南スーダンでは、紛争で親を亡くした子どもや、紛争後の貧困から食べることができない子どもらが多くおり、路上生活をして社会問題となっている。写真はストリートリチルドレンたちと

羽生 紛争の解決という難しいテーマにこそ、女性の力が発揮できる。私たちも遠い世界と思わずに、世界のどこかで今も起きている紛争について少しでも知ることから始めたいですね。

瀬谷 何の後ろ盾もないなか、紛争地で困難に立ち向かう女性たちに力を届ける応援団になってもらいたいです。例えば寄付という形で紛争地の力になることもできます。800円あれば絵の具やクレヨンなどを届けて子どもたちの心のケアができ、1万円で救急用品セットを送れます。日本の誰かが自分のためにしてくれた行動が、ひとりの人生を大きく変える力になります。そしてひとりの人生が変わることで、社会全体も変わっていきます。

瀬谷ルミ子
認定NPO法人 日本紛争予防センター 理事長
せや・るみこ/英ブラッドフォード大学紛争解決学修士課程修了。ルワンダ、アフガニスタン、シエラレオネなどで国連PKO、外務省、NGOの職員として勤務。専門は紛争後の復興、平和構築、兵士の武装解除・動員解除・社会再統合(DDR)など。2011年、Newsweek日本版「世界が尊敬する日本人25人」、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012」に選ばれた。JCCP公式サイト

取材・文/羽生祥子(日経xwoman総編集長) 写真/稲垣純也

※本記事は『エコマム 2019 Winter』から転載しました