母の死に向き合ったことを機に新作『ライオンのおやつ』を執筆した作家の小川糸さんにインタビューをしました。下編では2017年春からドイツ・ベルリンに暮らす小川さんに、日々の暮らしについて聞きました。

(上)母を「初めていとおしく思えた」とき
(下)「自由に生きていい」が心地いいベルリンの生活 ←今回はココ

「個人の自由と責任」を尊重する街、ベルリン

―― 2017年春からベルリン暮らしを始めて2年半。ARIA読者の中にも「いつか海外移住をしてみたい」と夢を描く人もいます。小川さんがベルリンにも拠点を持つと決めたきっかけは何だったのでしょうか?

小川糸さん(以下、敬称略) ベルリンに初めて行ったときに、住んでいる人の表情がいきいきしていると感じたのが、そのあと繰り返し訪れるようになったきっかけでした。

2017年の春からベルリンで暮らしている小川さん
2017年の春からベルリンで暮らしている小川さん

小川 ヨーロッパの中でもドイツは合理的でシンプルな生活を大切にする雰囲気があって、その中でもベルリンは「個人の自由と責任」を尊重する街。ベルリンの壁の歴史もきっと深く関係しているのだと思いますが、「ルールさえ守れば、自由に生きていい」という価値観が根付いていて、私にとってはとても心地いいと感じられました。

 ついこの間も、街中にピタピタのパンツ一丁で堂々と歩いている男の人がいて(笑)。大雨が降った後に、ぬれた靴を脱いではだしで歩いている大人もしょっちゅう見ますね。でも、誰も後ろ指をさしたりしないです。「法を犯していなければオーケー」という大らかさが街全体にあって、裏を返せば個人が自立している社会なのだと思います。

 そんな雰囲気が気に入った初訪問から毎年のように夏を過ごし、時にはアパートを借りて暮らすように長期滞在もしながら、徐々に慣らしたという経緯です。

―― 実際に暮らしてみていかがですか? 心境の変化はありますか。

小川 生活自体は日本で暮らしている感覚とほとんど変わらないんです。窓の外の風景は確かにベルリンなのですが、自分が海外にいるという感覚があまりなくて、「ちょっとこれから吉祥寺に行こうかな」と思っちゃったり(笑)。

 どうしてこんなに変化を感じないかというと、私の生活ルーティンそのものが日本にいたときとほとんど変わっていないからだと思います。朝起きたら、お茶を飲んで、新聞をめくって、午前中のうちに作品を書いて、散歩をして。一つ、変わったとすれば、日本で通っていた「銭湯」がこちらでは「サウナ」になったくらい(笑)。暮らしのルーティンを一定に保っているから、ベルリンでの生活にもすっとなじめたのかもしれないですね。

「窓の外の風景は確かにベルリンなのですが、自分が海外にいるという感覚があまりなくて」という小川さん
「窓の外の風景は確かにベルリンなのですが、自分が海外にいるという感覚があまりなくて」という小川さん