母親にがんが見つかったことを機に、「あまりうまくいってなかった」母と数年ぶりに電話で話したという作家の小川糸さん。「死ぬのが怖い」とおびえる母と接しながら、読んだ人が少しでも死ぬのが怖くなくなるような物語をと、新刊『ライオンのおやつ』を執筆しました。そんな小川さんにインタビュー。上編では、母の死に寄り添った経験を軸に、子どもの頃からの親子関係などを聞きました。

(上)母を「初めていとおしく思えた」とき ←今回はココ
(下)「自由に生きていい」が心地いいベルリンの生活

死ぬのが怖くなくなる物語を書きたいと思った

―― 最新刊の小説『ライオンのおやつ』では、余命宣告を受けた女性が人生の最後を過ごしたホスピスでの暮らしを五感たっぷりの筆致で描かれています。この作品を書くきっかけとなったのが、ご自身のお母様が向き合った死、その死に一緒に寄り添った経験だったとか。

母が向き合った死、その死に一緒に寄り添った経験から『ライオンのおやつ』が生まれた
母が向き合った死、その死に一緒に寄り添った経験から『ライオンのおやつ』が生まれた

小川糸さん(以下、敬称略) そうなんです。私は幼い頃から母とうまくいっていなくて、大人になってからも距離を置いて付き合ってきました。お互いのために連絡もほとんど取らない時期もありましたが、数年ぶりにかかってきた電話で母が病に侵されていること、そして「余命1年」と告げられたことを知りました。

 意外だったのは、あれだけ高圧的で私にとって強い存在であり続けようとした母が、命の期限を告げられ、弱々しく死に怯えていたこと。

 私自身は、「誰でもいつかは死ぬのだから」と冷静に受け止めるタイプなのですが、「死を恐怖として捉える人はやっぱり多いんだな」と実感がわきました。今はお年寄りと同居する世帯は減っていますし、病院で死を迎えることが多くなって、あまりにも「死」が日常と離れていて見えづらいから、「得体の知れないもの」と特別扱いしてしまうのかもしれません。でも、人の数だけ死はあるわけで、人生をどう終えるかは誰にとっても大切なテーマであるはず。

 母と同じように不安を抱く人たちに向けて、読んだ人が死ぬのが怖くなくなる物語を書きたいなと思ったのが、執筆の出発点でした。それに、私自身も母の死に寄り添う中で、その思いを深めることができたんです。

―― どのような体験だったのでしょうか。

「私にとって強い存在であり続けようとした母が、命の期限を告げられ、弱々しく死におびえていたことが意外だった」という小川さん
「私にとって強い存在であり続けようとした母が、命の期限を告げられ、弱々しく死におびえていたことが意外だった」という小川さん