スウェーデンの地方都市に家族とともに移住した久山葉子さんは、やりたいと思える仕事に就けない現実に直面します。偶然目にした記事から翻訳家を目指すことを決意しますが、翻訳本の出版の仕組みすら分かりません。スウェーデンの出版社の人が教えてくれたドイツのブックフェアに1人で乗り込んだ久山さん。そこで出会った人とのご縁で、その後の道を切り開いてゆきます。

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期待はずれに終わったブックフェア。でも、そこでの出会いにチャンスが

編集部(以下、略) 日本の出版社にフランクフルトのブックフェアでスウェーデン本の翻訳を直接売り込んだとのことですが、具体的にどんな準備をしたんですか?

久山葉子さん(以下、久山) 翻訳者が翻訳候補の本を売り込むときは、内容を要約したサマリー、本の一部の試訳をセットにしたレジュメを提出するのが鉄則です。出版社はそのレジュメを見て、本の内容はもちろん、翻訳者の日本語力や表現力を判断します。

スウェーデン語翻訳家、久山葉子(くやま・ようこ)さん。『許されざるもの』『スマホ脳』『こどもサピエンス史』などスウェーデン書籍の翻訳を多数手掛ける
スウェーデン語翻訳家、久山葉子(くやま・ようこ)さん。『許されざるもの』『スマホ脳』『こどもサピエンス史』などスウェーデン書籍の翻訳を多数手掛ける

 日本では翻訳者向けのレジュメ講座もありますが、私の場合は、ここでもすべて自己流。準備期間は半年ほどあったので、子どもが保育園に行っている間に、資料づくりや翻訳に取り掛かりました。

 小説の翻訳は初めてでしたが、やってみるとすごく楽しくて、ワクワクする作業でした。商用資料と違い、どれだけ美しい日本語で表現できるかの技量があるかが勝負。自分の感性で日本語を紡ぎ上げることに夢中で、大変だとか難しくて苦労したということはなかったですね。

―― 日本の出版社の反応はどうだったんでしょう。

久山 期待に胸を膨らませてフランクフルトに乗り込んだんですが、反応はイマイチでした。「お嬢ちゃん、1人でここまで来たの?」とか「出版業界は今、結構大変だからね」という感じで、アドバイスはくれるけれど、真剣に検討してもらえそうな雰囲気はありませんでした。

 もちろん、フォローアップメールも送りましたが、返事はどこも「検討します」というもの。検討中というのは興味がないという意味ですよね。「翻訳家は厳しいかもしれない。ダメならほかの道を探さないと」と諦めかけていたんです。そんなとき、ブックフェアから2カ月ぐらいして、主婦の友社から「サダム・フセインの愛人の自伝の版権を獲得することに決まったので、翻訳をお願いします」というオファーが来ました。本当に検討してくれていたんですよ! このときは、めちゃくちゃうれしかったですね。