2021年に最も売れた書籍(オリコン調べ)『スマホ脳』(新潮社)の翻訳を手掛けたのは、スウェーデン在住の久山葉子さん。もともと東京のスウェーデン大使館で働きながら子育てをしていた久山さんが、なぜ家族でスウェーデンの地方都市に移住し、なぜ翻訳家を目指すことになったのか。そこには数々のドラマがあったのです。

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「日本の子育てはおかしい」 夫の一言で移住を決意

編集部(以下、略) 久山さんは2010年1月に家族3人で、スウェーデンに移住していますが、移住を決めた経緯から教えてください。

久山葉子さん(以下、久山) 東京で働いていた2008年2月に長女を出産、2009年4月からは保育園に預けて育休から復職。ようやくペースがつかめてきた夏ごろに、夫から突然、「日本で子育てをしたくない。海外に移住したい」と言われたのがきっかけです。

スウェーデン在住の翻訳家、久山葉子(くやま・ようこ)さん。『許されざるもの』『スマホ脳』『こどもサピエンス史』などスウェーデン書籍の翻訳を多数手掛ける
スウェーデン在住の翻訳家、久山葉子(くやま・ようこ)さん。『許されざるもの』『スマホ脳』『こどもサピエンス史』などスウェーデン書籍の翻訳を多数手掛ける

―― イタリアで生まれ育った日本人の夫にとって、日本の子育て事情は何が不満だったのでしょう。

久山 今は日本でも男性が育休を取得する時代ですが、当時はまだ男性が子育て優先なんてありえないという風潮。外資系IT企業勤務の夫も、平日は夜9時くらいの帰宅で、子どもの寝顔しか見られないような状況でした。

 「イタリアでは、仕事が終わってからの家族の時間が1日の第2部。それなのに、平日、子どもと全く触れ合えないなんて、間違っている!」と。「もっと子育てをしやすい環境を求めて海外に出よう」と言われました。

―― 久山さん自身は、日本より海外で子育てしたい気持ちのほうが強かったんですか?

久山 それが海外で子育てをするなんて全然考えていなくて……。正直、私は日本で子育てするほうが絶対にラクだと思ってました(笑)。

 勤務していたスウェーデン大使館では、私が育休取得第1号。職場も私も、試行錯誤しながらようやく子育てと仕事の両立のペースがつかめてきたところでした。保育園やママ友との関係もできたタイミングだったので、「誰も頼る人のいない海外で子育てなんて……」という気持ちのほうが強かったです。

 夫の提案に「そのうち考えも変わるだろう」と高をくくっていたところもあります。でも、夫は移住に向けて本格的にリサーチを始めて……。そんな彼の姿をみていると、夫の子育てへの思いを尊重してあげようと、移住に賛成することにしたんです。