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ひと・ヒト・人

副業禁止の銀行員が無給で映画監督を続ける訳

(上)銀行員/映画監督 香西志帆 40代以降に活躍できるようキャリアを逆算してきた


1人で広報誌をつくり講演依頼が舞い込む

 「大学を卒業する時点で目指していたのは新聞記者だったんですけど、私が就職活動をしたときは超氷河期だったということもあり、新聞社には受かりませんでした。そんなときにリクルーターの方に『うちの銀行には広報誌ならあるよ』と言われて入ったのが、今も勤める百十四銀行なんです」

 銀行の仕事に興味はなかったが、広報誌をつくりたいという動機で一般職として入社。とはいえ最初から広報誌を任せてもらえるわけはなく、数年間窓口業務などをこなしたあとに晴れて広報部に異動した。

 「広報誌の担当は私1人だったので、一からつくりかえてしまいました。モノクロだったものからカラーにして、一眼レフカメラを買って写真のスキルを上げながら自分で撮影した写真を掲載し、イラストも描いて載せました」

 実は中学2年生のころに少女コミック誌『りぼん』(集英社)に漫画作品が掲載されたことがあるほど、香西さんは絵を描くのも得意だ。現在もプロデュースする商品のパッケージに自らイラストを描くことがあるという。

「絵を描くのも好きなんです。小学生のころから絵画コンクールでいくつも賞をもらってきました」
「絵を描くのも好きなんです。小学生のころから絵画コンクールでいくつも賞をもらってきました」

 そんな多彩なスキルを生かしてつくられた広報誌は、全国の社内報コンテストで金賞を2回受賞した。その結果を受け、「社内報のつくり方」や「特集記事のつくり方」を企業の広報担当向けに講演してほしいという依頼が舞い込むようになった。

 「受賞する他の企業は誰もが知るような大企業ばかりで、何十人もの人で制作しているのに対して、うちは私1人でつくっていたのが面白かったのかもしれません。講演をするようになったこのころから企画がたくさん浮かぶように、本を読んで独学で学ぶようになりました。すると、どんどんいい企画が浮かぶようになってきて、『企画脳になる方法』という講演もたくさんさせていただきました」

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