ロービジョンやLD(学習障害)の子たちも文字本来の形をきちんと学べる、見やすくシンプルな教科書体を――。長年書体デザイナーの仕事をしてきたモリサワの高田裕美さんは、使命感のような強い思いに突き動かされながらUDデジタル教科書体を世に送り出しました。しかしその間、会社を取り巻く環境の変化などもあり、開発途中でお蔵入りの危機もあったといいます。組織の中でどのように「やりたいこと、やるべきこと」を守り通したのでしょうか。
(上)「ロービジョンの子が文字を適切に学べない」と知り衝撃
(下)「俺はバカじゃなかったんだ」書体の力に驚いた日 ←今回はココ
これをやらないと、デザイナー人生に悔いが残る
―― 「文字を読むことに困難を抱える子が文字を学べるフォントを作りたい」という思いが、UDデジタル教科書体開発の大きな原動力になったということですが、完成するまでの過程で、何が一番大変でしたか。
高田裕美さん(以下、敬称略) クライアントがいない書体だったので、企業内の仕事として優先順位は低くなり、どうしても他の仕事をしながら進める形になります。そのため、修正したいけれど忙しくて対応する暇がないという時期もありました。
また、私が勤めていたタイプバンクをモリサワが2010年に子会社化し、その後吸収合併するという環境の変化の中で、開発そのものがお蔵入りしそうになったこともありました。そのたびに上の人に「続けさせてほしい」と訴えました。
―― どんなふうに説得したのでしょうか。
高田 とにかく「これは子どもたちに届けなくてはいけない書体なんです」と言い続けました。ヒアリングに協力してくれた子たちが完成を待っているし、学習を支援するボランティアや特別支援学校の先生方も、試作段階で「世の中に早く出してほしい」と言ってくれていました。それに、教育現場が紙からデジタルに変わっていくこのタイミングで今出さなかったら、4年ごとに改訂されるデジタル教科書(紙の教科書の内容をすべて記録した電子的な教材)や拡大教科書に使ってもらえないという焦りもだんだん感じていました。タイミングに乗り遅れたら、お蔵入りになるのは目に見えていましたから。
私も会社員人生の終盤の年齢なので、しまいには「これをやり遂げて書体デザイナーの人生を閉じないと心残りです。もしやらせてくれないなら、私がタイプバンクに残る意味を感じられない!」と訴えました。必死でした。
モリサワの上層部の中にもこのフォントの意義を知り、価値があると思ってくれている人たちは以前からいて、たぶんタイミングを見ていたのだと思います。私がそう言った後、皆が動いてくれて急速にリリースに向けた動きが加速しました。
2016年6月のリリース発表会のときには、開発途中の苦労を見ていたボランティアの代表の方が来て、「よく頑張ったね。このフォントを世に出してくれて、ありがとう!」と言ってくれました。それは今思い出しても胸がいっぱいになります。