建物の設計や製品の形状など、私たちの身の回りのさまざまなところに、ユニバーサルデザイン(UD)が採用されていますが、書体(フォント)にもUDがあることを知っているでしょうか。その一つが、2016年6月にリリースされ、教育現場で注目を集めている「UDデジタル教科書体」です。なぜ子どもたちのためのUDフォントを作ることになったのか。開発に携わったモリサワの高田裕美さんに話を聞きました。

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「これがUDフォント」と自称することへの不安が始まり

―― 高田さんは長年フォントデザインの仕事をしてきたそうですが、「UDデジタル教科書体」を作ることになった経緯を教えてください。

高田裕美さん(以下、敬称略) 通常、新しいフォントをデザインするときは、「こういうところで使うのに適した書体が欲しい」といったクライアントの依頼から始まります。でもUDデジタル教科書体は、クライアントがいなかったんです。

 一口にUDフォントといってもいろいろあって、私が十数年前に初めて手掛けたのは、「電車の車内表示に使う、お年寄りや動いている人、遠くから見る人にも読みやすいフォント」でした。他にもUDフォントについての問い合わせはありましたが、皆さんが求めているのはどちらかというと「お年寄りでも見やすい文字」でした。

高田裕美(たかた ゆみ)
高田裕美(たかた ゆみ)
タイプバンクで書体デザイナーとして32年間勤務。DTPをはじめテロップ、成分表示、新聞など、さまざまな分野の書体を手掛ける。十数年前からは「TB UD書体シリーズ」「UDデジタル教科書体」のチーフデザイナーとして企画・制作に従事。現在はモリサワで、教育現場における書体の重要性や役割を普及、推進する部署に所属。教員、教育委員会向けのセミナーやワークショップでの講演、教育関係の小冊子や学会誌への執筆など広く活動している

 そうした要望に対応してゴシック体や明朝体などのUDフォントをデザイナーで話し合って制作していたのですが、だんだん不安になってきたんです。

 当時はいろんなメーカーがUDフォントを作っていて、それぞれ「こういうところを工夫しています」と言っていました。私は後にモリサワの子会社となるタイプバンクという会社でチーフ書体デザイナーとして働いていましたが、社内でも意見が食い違うことがあるし、他社が発表したもので「これがUDなのかな?」と疑問に思うこともありました。

―― 「UDフォントとはこういうもの」という明確な規定があるわけではないのですね。

高田 今は多少、ガイドラインになるようなものを作っていこうという動きもあるようですが、当時はある意味「言ったもん勝ち」。私の感覚では、例えば「新聞に向いています」「小説が読みやすいです」というのは、デザイナーが試行錯誤した結果そう明言しても問題ないと思えるのですが、自分たちの主観だけで「ユニバーサルデザインに対応しています」なんて社会的なことを言っていいのかな、という気持ちが大きくなっていきました。