シンプルな形状と書くときの手の動きを両立

高田 UDデジタル教科書体は、運や使命を持っている書体だと感じています。もはや私たちが、この書体に動かされている気もします(笑)。中野先生の協力もあって、私たちの挑戦はロービジョンだけでなく発達障害の子にも必要なものだとだんだん分かってきました。1ページにたくさんの情報があると気が散ってしまう子や、文字のはねやはらいの先がとがっていたりすると、自分に刺さってくるように感じてストレスになる視覚過敏の子にもゴシック体や丸ゴシック体の拡大教科書が有効だと言われ始めていました。

 近年、発達障害は社会的にフォーカスされていますし、中でも学習障害(LD)の可能性がある子は通常学級の子どもの4.5%いるといわれています。1クラス40人として1~2人いる割合ですね。2010年からタイプバンクの親会社になったモリサワは、「文字を通じて社会に貢献する」を経営理念に掲げていて、文字を読むのに困難を抱える子どもたちに貢献できる事業は収益に関わらず進めたらいいのではないかという流れになっていきました。

 開発段階では中野先生の紹介もあり、多くの方が意見やアドバイスをくれました。中野先生の研究でも結果がいいとも限りませんでしたので、その結果を聞いてはデザインを修正して、ということを繰り返していきました。

 完成したUDデジタル教科書体は書写で習う書き順を意識し、とめ、はらいなど手の動きを重視した教科書体であると同時に、太さの強弱やデザイン的な要素を抑えたシンプルなフォントです。ロービジョンやディスレクシア(読み書き障害と呼ばれる学習障害の一種)など、読み書きに困難さを抱えている子にも読みやすいものになりました。

 中野先生に続いて、大阪医科大学LDセンターの奥村智人先生にも協力していただきました。お二人とも「子どもたちのために」という思いで、率先してヒアリングや調査などをしてくださいました。

UDデジタル教科書体は、線の強弱は抑えつつ、文字本来の形は踏襲されている(モリサワの資料より)
UDデジタル教科書体は、線の強弱は抑えつつ、文字本来の形は踏襲されている(モリサワの資料より)

―― 当初想定していた以上に、UDフォントを必要としている子どもたちがいたのですね。

高田 結果的にもう一つ追い風になったのは、ICT教育にも適したフォントだったことです。今後、子どもたち1人に1台タブレットが配られ、電子黒板に文字を映して読んだりすることが増えてきます。電子黒板に従来の教科書体を映すと、細くて読みづらいんですね。中野先生がロービジョンの当事者や指導者を含む241人に調査をしたところ、紙でもタブレット端末でも、従来の教科書体と比べてUDデジタル教科書体が最も見やすいという結果が出ました。奥村先生がディスレクシアを含む読み書きに困難さがある小学生を対象に行った調査の結果でも、やはり一番読みやすいフォントとして選ばれました。

続きの記事はこちら
「俺はバカじゃなかったんだ」書体の力に驚いた日

取材・文/谷口絵美(日経ARIA編集部) 写真/鈴木愛子