「あなたたちは、現場のことが分かっていますか?」

高田 科学的な裏付けに基づいて納得できる形で説明してくれる人はいないだろうか。そう思ってネットなどで探して出会ったのが、慶応義塾大学の中野泰志先生でした。先生は長年、視覚障害の研究や支援に携わっていて、ゴーグルを装着してロービジョン(弱視とも呼ばれる視覚障害の一種)を体験する授業もやっていたので、「私も体験したいのですがセミナーはやっていませんか?」とメールで問い合わせをしました。

―― すごい行動力ですね。一般的にデザイナーがそこまでするものなのでしょうか。

高田 大きい会社は企画、営業、デザインと担当が分かれていますが、タイプバンクは社員が10人くらいで、そのほとんどがデザイナーでした。営業担当もいないので、クライアントに会ってヒアリングをし、「これはどうですか」と提案をするところからやるんです。要望に合わせてフォントを作り、一般販売の前後には著名なデザイナーさんや出版社を訪ねて「こういうフォントを作りましたのでよろしくお願いします」と営業して歩く。そういうことを一通りやっていたので、疑問に思ったら自分で動くのが当たり前でした。

 中野先生には、趣旨を詳しく説明した長文のメールを送ったのですが、返ってきたのは「セミナーの予定は、今ありません。自分のところに来れば体験できなくはないですが……」みたいな2、3行の文章。大変お忙しい方だし、ぶしつけなメールでえたいが知れないと思われたのかもしれません(笑)。でもそんなやりとりを何度かしているうちに、「1時間だけなら会えます」と。これはチャンスだとデザイン試作をどっさり持って出掛けました。

 私は「これとこれだったらどちらが見やすいでしょうか」といった質問をしたのですが、先生は全く答えてくれませんでした。「私もあなたも問題なく見えている。そういう人が想像でこれがいいと安易に言えない」と。そして、「あなたたちデザイナーは、そもそも現場のことを分かっていますか? まずは自分の目で現場を見てください」と言われました。