松尾 たくさんの舞台公演が中止になって演劇に関わる多くの人が仕事を失う中、僕なんてまだいいほうで、芝居をやるとなったらこんなに人が集まってくれるし、やりたいことはこれまでにもだいぶやれてきました。でも例えば来年、演劇の道へ進もうとする人がいるんだろうか、今年始めようとしていた人はどんな気持ちでいるんだろうかということを考えると、すごくやりきれない気分になってしまって。自分は彼らを励まさないといけない立場なんじゃないか、と。

 だからこういう取材の場にはスーツで来たりするんです。演劇に希望が持てるように、「演劇やっててもちゃんとできますよ」っていうことを示しておかないと(笑)。

常に2~3年先の公演を考える生活、初めて「止まれた」

―― 公演の一切がストップしてしまうという前代未聞の困難の中で、演劇界において、もしくは松尾さんご自身にとって結果的にポジティブな変化と思えるようなことはありましたか。

松尾 演劇って2年、3年先の会場を決めて、そこに向かって練り上げていくものなんですけど、そんな先のモチベーションなんて誰も分からないですよね。体調だって保証できない。でも、一つの作品を作っている段階で次の作品の打ち合わせが始まって、みたいなことを30年延々とやってきて、コロナ禍で初めて「止まれたな」というのはあります。

 もちろん今も来年の公演の打ち合わせもいっぱいやっていますけど、とりあえず目先の舞台がとんでしまったので、10月に上演する『フリムンシスターズ』に半年近く向き合うことができました。一つの台本にこれだけ長く時間をかけられたのは初めてのことです。

「一つの作品の台本にこれだけ長く向き合えたのは30年やってきて初めてのこと。コロナのおかげとは言いたくないですが、神様が時間をくれたなと思いました」
「一つの作品の台本にこれだけ長く向き合えたのは30年やってきて初めてのこと。コロナのおかげとは言いたくないですが、神様が時間をくれたなと思いました」