「私にすごく親切な夫婦だなあ」

―― 作品に共通する「どんな生き方も肯定する」というスタンスは、ご自身がOL時代に感じてきたものが背景にあるのかなと、お話を聞いていて感じました。木皿さんの描く人物は、誰かが誰かをばかにしたりすることがなくて、年齢や肩書に関係なく、互いに敬意を払い、適度な距離感を保っていますよね。

木皿 そうですね。ばかにした時点でちゃんとした人間関係って成立しませんから、そんな人とは無理にコミュニケーションしなくてもいいんじゃないの、と私は思っていて。だから人が人として尊重されない会社のようなところはつらかったんだと思います。

 私にとって人との距離感やコミュニケーションの問題は、子どものときからすごく大きいことだったんです。というのも、たぶん私、今でいう自閉症スペクトラムで、コミュニケーションの力が弱いところがあるんです。「親子だから」「友達だから」といった、人間関係についてみんなが共有している認識がどうも持てない。「親子だから分かり合えるとかいうのは幻想」というのはずっと言っていました。変な子どもですよね。

 私、両親のことを「私にすごく親切な夫婦だなあ」って思っていたんですよ(笑)。苦労して育ててくれたことも知っているし、かわいがってもらった実感もある。親切を受けた分は返したいと思っているし、実際、親に対しては親切に接してきたと思います。でも、そのことがイコール「親子の情」とはならない。そんなものに頼っていいのか、たとえ親子でも、互いの関係を保つために努力をしないのは、おかしいと思ってました。

「『親子だから』『友達だから』といった人間関係についてみんなが共有している認識が、子どもの頃から持てませんでした」
「『親子だから』『友達だから』といった人間関係についてみんなが共有している認識が、子どもの頃から持てませんでした」