私が本当になりたかったものって…?

 多摩丘陵の慶子になって眺めると、目の前のスーツ姿の男たちはみんな「夫だったかもしれない逃した魚」に見える。そこで私は残念ながら、認めざるを得なかった。長年否定し続けてきた、いかにもテストステロン値の高そうなアルファ・メイルに抱かれる女に、本当はなりたかったのだということを。

 現れた女の子は、死に損ないのシンデレラだった。私の胸の中には、とっくに捨てたはずの白馬の王子幻想の残滓(ざんし)が今も亡霊のように漂っているのである。

 ということを上野千鶴子さんに話したら「そんなの、アルファ・メイルと結婚していたら今ごろは同じように後悔してますよ。ちょっと想像すればわかるでしょう」と言われてしまった。確かにそうなのだ。夫のお金であつらえた着物でお茶席や芝居に通う人生を選んだら選んだで、きっと今ごろ「私は仕事をしていたら活躍できたはずだ」などと夫を呪っているはずなのだ。

 だけど、大黒柱はもう、ちょっと疲れた。子どもを育てあげるまで、ヘトヘトでも走るしかない人生をあと10年は続けなくちゃいけないけど、それからじゃ遅いですかね、アルファ・メイルとの恋愛はと言ったら、上野さんは「その頃にはアルファ・メイルもとっくに衰えていますよ」と至極まっとうなことをおっしゃったのだった。

文/小島慶子