ある会合でのこと。仕事のつながりのある人々と、それぞれ知人を連れてきてみんなで食事をした。その席にいた男性たちは皆、いわゆる勝ち組サラリーマンだった。一部上場企業で順調に出世しており、社会的信用もある。仕事が充実している様子が表情からもうかがえて、話しぶりも快活で自信にあふれている。かつての私だったら別にこれといった感慨もなく聞いていた話だろうが、なぜかこれがこたえた。

私の中の「俺」と「女の子」がせめぎ合いを始めた

 現在私は大黒柱マインドなので、「浮き草稼業の俺なんかより、やっぱり安定した会社勤めのやつらの方がいいよなあ」と彼らがまぶしく見えてしまったのだ。かつて私はいわゆるパワーカップルの妻だったため、男性の肩書を聞いても自分と比べるという発想がなかった。しかし今は心の半分が男性人格で、会合なんかで不意に発言を求められると思わず「俺か?」と答えてしまうこともある。無意識のうちに男のレースに参加しているのだ。するとよその男の肩書や表情が気になる。「くそ、俺より調子良さげじゃねえか」などと思ってしまうのである。

 ああ、俺もせめて慶応とか早稲田とか出て、あいつらみたいに会社の金でビジネスクラスに乗って海外出張とか行きたかったな。海外転勤したら一等地のでかい社宅に住めるしな。そう考えるとうちの親父はやっぱりエリートサラリーマンだったんだな。それに引き換え、こちとら飛行機代も家賃も自腹だし、いつ仕事がなくなっても不思議じゃない身の上だ。いい年して、自転車操業でヒイヒイ言ってるなんて……と胸にドロドロしたものがたぎる。やがて、会食しながら勝手に張り合うのがしんどくなってしまった。すると、心の回転ドアがクルッと回って“俺”が引っ込み、中3くらいの多摩丘陵の女の子が出てきてこう言った。

 だったら、あの人たちの妻になればよかったのに!

 ……せっかくアナウンサーになったんだからいろんな一流企業の人と合コンしまくって、いけてる人をゲットすればよかったじゃない。変な意地なんか張っちゃって、ばかみたい。世間がどう言おうと、幸せをガッチリつかむべきだったのよ。安定した高いお給料がもらえる人が一番でしょ。あの社員の元彼だって、結婚したらいい夫になったかもよ。そしたら今ごろは年に2回のボーナスが出て、定年まではお金の心配をしなくて済んだのに。ううん、それどころか、アナウンサーという立場を使えば、企業の社長なんかにもインタビューできたんだから、そこから社長夫人ていう手もあったはず。こんなにあくせく働かなくても、いいお着物を着てお茶会に通ったりして、優雅な中年ライフを送れたのに。私、そういう人生がよかった。働くのなんて、本当は好きじゃないもん……。

先日パース郊外の丘に群れていた野生のカンガルー。全部で20頭くらいいました。アルファ・メイル(最優位のオス、群れの支配者)と思われるオスはかなり大きく、ちと怖いくらい。細部までご覧いただくとよりアルファ感が増すかと思われます…
先日パース郊外の丘に群れていた野生のカンガルー。全部で20頭くらいいました。アルファ・メイル(最優位のオス、群れの支配者)と思われるオスはかなり大きく、ちと怖いくらい。細部までご覧いただくとよりアルファ感が増すかと思われます…