日本で働き、オーストラリアで家族と過ごす「往復生活」をしている小島慶子さん。子育ても終盤にさしかかり、「これまでとは違う一歩」を踏み出しつつある小島さんが、新たな気づきや挑戦を語っていきます。今回のARIAな一歩は、「子の思い」。

「僕はママを介護するよ」 19歳長男の発言に驚き

 子どもの頃、母にこう言われるのが恐怖だった。「ママはね、子どもの世話には一切ならないって決めてるのよ、だからおばあさんになったママの面倒を見ようなんて、絶対に思わなくていいからね」。そんな時の母はなぜか自己陶酔的で高揚しているように見えた。私はいつも押し黙り、答えなかった。もしかしたら母は「そんなこと言わないでママ! 私はちゃんとママのお世話をするよ」と言ってほしくて、わざわざこんなことを言うのではないかと不安だったのだ。

 母の濃すぎる愛情というか、娘に対する強い執着と過干渉は、幼い頃から私を振り回し押し潰していた。私は母に一生とらわれたくないと思っていた。「うん」と答えたこともあるが、そのあと強い罪悪感にさいなまれた。それも母の思惑通りではないかという気がした。だから大抵は、ただ黙っておびえていた。

 しかし今は、母は実際に子どもには頼りたくないと思っていたのかもしれないと思うようになった。そう自らを鼓舞して、老いの不安を振り払っていたのではないか。私自身が50歳になり、年齢的に突然死や病気のリスクも上がり、毎日のように老いと人生の終わりについて考えるようになってみると、当時の母の気持ちが分かるような気がするのだ。先日、息子たちにはこんな話をした。「もしも私が倒れて重篤な状態になった時には、延命措置をしないでほしい。心臓が動いているだけで思考もままならない状態で生きたいとは思わない。重い介護が必要になって、自分の存在が家族の足かせとなることも望まない」

 すると19歳の長男が間髪を入れずに「僕は介護するよ」と言った。その迷いのない様子に非常に驚いた。彼は以前から私が「君たちが経済的に自立したら子育ては終わる」という話をすると「それでも家族であることは変わりないでしょ。ママは僕たちが独り立ちしたらもう離れるみたいに言うけど、僕にとったら何歳になってどこで暮らしていても、ママとパパはずっと親だし、家族はずっと家族だよ」と言っていた。

 私は生まれ育った家族に対して、複雑な思いがある。愛着はあるがその存在は重たくて、そばに行くとエネルギーを吸い取られてしまう。だから長男の言葉は、新鮮な発見だった。この世に本当にこんなふうに言える子どもがいるのか! お話の中だけのことかと思っていたよ……。機能不全家族の連鎖をなんとかして断ち切りたいと思って子育てをしてきた私にとって、わが子がそのような思いで家族との関係を捉えていることは福音でもある。

長男が撮影した「若者と出かけるので張り切ってキャップをかぶってみたが、いまいちこなれていない母親」。しゃがんで植物を撮っていた私に背後から自分の帽子をかぶせて捏造(ねつぞう)したものです
長男が撮影した「若者と出かけるので張り切ってキャップをかぶってみたが、いまいちこなれていない母親」。しゃがんで植物を撮っていた私に背後から自分の帽子をかぶせて捏造(ねつぞう)したものです