今になって、あの時受けた傷の深さに気づいた

 その長らく機能していた「夫はいい人」マジックが解けたのは、子どもたちが大きくなって少し手が離れ、出稼ぎ生活で夫から精神的・経済的に完全に自立した40歳前半になってからのことだった。それまで封じ込めていた思いが噴出し、怒りと嘆きに押し流された。毎晩のように昔のことを思い出し、苦しくなり取りつかれたようになり果ては死にたいとまで思うようになって、これってPTSDだよなあと改めて自分の受けた傷の深さに気づいたのだ。夫に怒りをぶつけた。「別れてほしい」と何度も言った。精神科の主治医にも相談した。カウンセリングにも行った。友人たちにも話を聞いてもらった。結論としては「私は悪くない」ということだった。

 そんなの当たり前だろ! と思うかもしれないが、そう信じられるようになるまでうんと長い時間がかかったのだ。私が悪かったんじゃないか? と思ったから、高級ランジェリーを100万円近くも買い込んで夫にご奉仕したりもした(今考えると狂ってる)。エッセーには夫のいいところばかりを書き、友人にも夫の寛大さを語り、世間の「いい旦那さんね」「すてきなご主人だね」という声に満足した。そうだ、私は幸せな結婚をしている。夫はいい人で、私の配慮が足りなかったんだ。だって彼は言ったじゃないか。ひどいことをしたのは「僕を見る慶子の目の中の白いキラキラしたものが消えたから」って。

 罪悪感を覚えたのは、そんな夫と別れたいと思う自分に対してもだった。子どもたちがすくすく育っているのは彼のおかげでもあるのに、別れたいなんて身勝手なのではないか? 家事全般を担っているのは彼なのに、別れたいなんて恩知らずなのではないか? 自分に生計を頼っている人に別れを切り出すのは、非情なのではないのか? 16年も前のことを許せないのは、執念深く心が狭いのではないか? 子どもじみていて、頭が固いのではないか?