未経験でデザイン会社に入社 初日で嘘がバレる

 そのアパートの近くのスーパーで、すごく風変わりな男性スタッフがいた。レジ打ちなのに、ラジカセで爆音のクラブミュージックをかけていて、お客さんから引かれまくっていた。

 僕は興味を引かれて、「音楽が好きなんですか?」と声をかけた。それがきっかけで仲良くなって、彼の家に遊びに行ったら、音楽スタジオのように音響機器がそろっていて……。実は、有名人の曲も手掛けたこともあるミュージシャンの川島裕二さんだと分かった。

 「DJ ならなんか曲かけてよ」と言われるままレコードをかけたら、それに合わせて彼がシンセサイザーを弾き出した。それがすごくカッコよかったから、「ね、一緒にクラブを回ろうよ!」と誘った。で、本当に回るようになって、そのうち野外レイブにも出るように。途中で著名なスタジオミュージシャンのMac清水さんがパーカッションで加わって、2年間、車で各地を巡業した。

 そのバンドのライブで、新宿のライブハウスに出たときのこと。僕は、友達が連れてきたアヤちゃんという子に一目ぼれした。ニコニコしててチャーミングで、「明日何する予定?」と聞いたら、「犬の散歩をするよー」と。僕は散歩のお供をすることにして、歩きながらいろんな話をしたら、アヤちゃんのことがめちゃくちゃ好きになった。

「すごく好きになったから付き合ってくれ!」

 全力でお願いしたが、返ってきた返事は「いやー、無理かなー」だった。「私、今28歳で、結婚を考える歳だし」とダメ押しされて玉砕。当時、僕は3つ下の25歳。それでもめげずに1年以上ずっと「付き合ってくれ!」と言い続けた。土下座してお願いしたこともあったが、ずっと断られ続け、揚げ句「はっきり言うけど、あなた、全然稼げてないじゃん! だから無理!!」と……。

「振られ続けてもアヤちゃんを諦めませんでした。だって好きなものは好きなんです」
「振られ続けてもアヤちゃんを諦めませんでした。だって好きなものは好きなんです」

 カッとした僕は、すぐにコンビニに行って求人情報誌を購入した。それで一番時給がいい求人を探した。時給2000円、アパートから近い、デザイン関係の仕事。「(アドビ社のソフト)Illustratorの経験者求む」の文言は無視して面接を受け、無事採用になった。

 そして、初出勤日。「パス切って」と言われたが、未経験ゆえ、写真を切り抜くことだと分からなかった。

「どこにパスするんですか?」

 その一言で、何もできないことがバレ、社長に呼び出された。

 ※次回に続く

取材・文/茅島奈緒深 構成/磯部麻衣(日経xwoman ARIA) 写真/洞澤佐智子

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4ページ目の第3パラグラフで「清水信之さん」と記載していましたが、正しくは「Mac清水さん」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。