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オリンピアンの栄光と挫折

女子バスケ準決で浮かんだ苦い記憶…バスケ協会三屋会長

(上)女子バスケ銀メダル獲得の立役者・三屋裕子さん。ロス五輪での「最低の銅メダル」を超えて


ロス五輪の2週間後には教壇に立っていた

三屋 筑波大学は受験科目が9科目ありましたから。夜8時に練習が終わると、学校の保健室に閉じこもって勉強していました。

 でも大学卒業後は教師の道を選ばず、2年間という約束で日立製作所に入社。ただ、バレーをしながら東京都の教員採用試験は受けました。1次試験は日本で開催されていた国際大会の期間中に受け、2次試験は遠征先のブラジルから一旦帰国して受験し、翌日にはペルーに向かう機上の人になっていましたね(笑)。

 結果的にはまた現役生活を2年延ばし、ロス五輪に出場しましたが、帰国すると寮の私の部屋の荷物が何一つなく片付けられていました。大会期間中に母が転居先を見つけ、引っ越しを全部済ませてしまったんです。「こうでもしないと、またバレーをやると言い出すから」って(笑)。ロス五輪の終了2週間後には、国学院高校の教壇に立っていました。

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バレー選手→教員→社長→バスケ協会会長 経験は生きる

取材・文/吉井妙子 写真/窪徳健作

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