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オリンピアンの栄光と挫折

陣内貴美子 現役時代に笑わなかった理由、五輪への思い

(上)東京五輪でメダル1つに終わったバドミントン。バルセロナ五輪で入賞を逃した陣内さんが思うことは?


バルセロナ五輪前に引退する予定だった

―― ただ、金メダルを9個取った柔道、5個取ったレスリングの選手なども同じ環境だったと思います。

陣内 そこなんです。柔道やレスリングは1964年の東京五輪から、多少の波はあったにせよ、脈々とメダルを取り続けている。そこに歴史や伝統が紡ぎ出す勝利の方程式があるように思います。勝利の軸がしっかり畳やマットに根を張っているというか。

 バドミントンが五輪種目になったのは、私が出場した1992年のバルセロナ五輪以降。私が選手の時代から「五輪は見るものではなく出場するもの」になり、それがいつしか「出場するものではなくメダルを取るもの」に変わり、そして今は「メダルの色は金」になった。確かに日本バドミントンは強くなったけど、まだ土壌が浅い。選手には東京の悔しさをバネに、野太い根を未来に生やしてほしいですね。

「桃田選手も、奥原選手も自分の子どものようにみんなかわいい。勝てばうれしいですが、その子どもたちが泣いているのを見るのはしんどい。結果が出せなかった子たちのケアをしていきたいです」
「桃田選手も、奥原選手も自分の子どものようにみんなかわいい。勝てばうれしいですが、その子どもたちが泣いているのを見るのはしんどい。結果が出せなかった子たちのケアをしていきたいです」

―― 確か陣内さんは、バルセロナ五輪の2年前に引退する予定だったんですよね。

陣内 ケガが多かった上に26歳になっていましたから、2年先のことまで考える余裕がなかった。でもコーチから「僕たちの時代は五輪種目じゃなかったから出たくとも出場できなかった。でもお前はチャンスがある。諦めていいのか」と言われ、自分に4つの問いかけをしてみたんです。

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