海外生活で身に付けた、転居先に溶け込む柔軟さ

 谷川さんが吉祥寺で店を開いたのは、43歳のとき。神戸で大学生活を送った谷川さんは卒業の翌年、海外で勤務していた男性と結婚し、パリで結婚生活をスタートさせた。海外暮らしはフランス、オランダ、イギリスで計12年間。駐在員の妻としての経験で得た「多様な価値観や生き方を認め合う」「先入観を持って人と接しない」はその後の人生の芯になった。

「それまで“こうじゃないといけない”と決め付けていた自分の殻がどんどん破られていく思いがしました。考えてみると、あの12年間は右も左も分からない中で異文化にもまれる苦労をしたことで、移住先に身一つで飛び込む練習になったような気がします

 言葉も分からないオランダでは、そのハードルが特に高かったという。例えば野菜を買うにしても、市場やスーパーでの買い方が分からない。日本流に野菜を手に取って買い物かごに入れようとしたら店の人に注意された。こんな経験が重なったことでストレスを感じ、外出が怖くなる駐在員の妻もいるという話を聞く。でも谷川さんは違った。相手の言葉尻に敏感に反応しないことに決めたのだ。

 「人は他人にそこまで干渉したいと思っていないもの。『人からどう思われているかを気にするスイッチ』のオン・オフを切り替えればいいんだと思うことにしたんです」。スイッチをオフにすれば、「よそ者扱いされた」と、自分で自分を被害者に仕立てることもない。「相手からどう思われているかを考えすぎず、移住した先の環境や慣習を尊重しながら自然体で付き合ってみる。そうすれば新しい地域での暮らしを楽しむことも、友達をつくることもできるはず」。谷川さんが挙げる移住を成功させるもう一つの秘訣だ。

続きの記事はこちら
移住後に役立った海外経験 離婚後に見えた理想の暮らし

取材・文/飯田敏子 写真/松隈直樹