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地方で見つけた幸せの形 移住ARIA

移住=永住じゃない 地域おこし協力隊員として再出発

(下)福井には、子どもとのプライスレスな時間がある。移住して1年、自然の中で心が平穏な日々


「都会を卒業して、田舎でゆったり暮らしたい」――誰しも、一度はこう思ったことがあるのではないでしょうか。とはいえ、家族の説得、家や仕事探し、新たなご近所さんとのお付き合いなど、越えるべき数多のハードルを前に「移住は夢物語」とあきらめている人も多いはず。そこで、国内の自然あふれる地方に移り、新たな生活をスタートさせた「移住の先輩」に移住成功の極意を聞きます。

(上)留学、海外勤務を経てキャリアをリセット 福井の山里へ
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この記事の前に読みたい
留学、海外勤務を経てキャリアをリセット 福井の山里へ


 フランス留学やシンガポール勤務など、海外経験が豊富な松平裕子さん(45歳)。「本当に、本当に高かった」という移住のハードルを越え、慣れ親しんだ東京を離れて夫・成史さんと当時4歳だった息子の家族3人で移住した先は、過疎化が進む福井市の殿下(でんが)地区だった。(下)では、地域おこし協力隊員としても積極的に活動する裕子さん、自伐型林業に使命を見出した成史さんに福井での暮らしについて聞いた。

地元の人が働く農家レストランで働き、地域に溶け込む

 Uターンした夫には親戚がいても、移住するまで福井県に縁がなかった自分に知り合いはいない。深い山里で、電灯もないから夜になると辺りは真っ暗。シカやイノシシの鳴き声が聞こえてきて、「正直、本当にここに来てよかったのかと何度も思いました(笑)。でも、朝が来て、すがすがしい空気に包まれるとほっと癒やされて。最初の3カ月間はその繰り返しでしたね」(裕子さん)

 地域おこし協力隊の活動も始めつつ、「まずはこの地での生活に慣れることが先決」と、移住後はすぐに殿下地区に唯一ある農家レストランの手伝いを始めた。甘く煮た金時豆を加えた五目ご飯を油桐(あぶらぎり)の葉で巻いた伝承料理「お葉寿司」など、この地に伝わる伝承料理を地元のお母さんたちに教わりながら、少しずつ地域に溶け込むようにした。

 「単なるお嫁さんとして入るより、まずは地域の仕事を通して接したほうが入りやすいし、コミュニケーションの幅が広がる。移住してから半年ほどは農家レストランでこの地区を知ってなじむ努力をしていました」(裕子さん)

松平成史さん、裕子さん。裕子さんは10年以上勤め続けた会社を退職。2018年、成史さんの祖父母が暮らしていた空き家に家族3人で移住した
松平成史さん、裕子さん。裕子さんは10年以上勤め続けた会社を退職。2018年、成史さんの祖父母が暮らしていた空き家に家族3人で移住した
移住note 1移住後を見据え、移住前に学ぶ 2反省はしても後悔はしない 3地域の仕事に積極的に参加する 4東京での刺激を福井で生かす 5「移住=永住」と気負わない

農家民宿をスタート。東ティモールからも宿泊客が

 移住して半年がたち、少しずつ環境に慣れ始めた4月からは農家民宿も始めた。裕子さんたちが住む殿下地区は過疎化が進むエリアだが、実は民泊の登録件数は市内で最も多く、11軒が登録。福井市の国際交流協会を通した海外からの学生の受け入れも多く、語学が堪能な松平家では、アメリカ、台湾、香港、東ティモールなど、これまで5つの国と地域から訪日客を受け入れた。

 「こんな田舎に東ティモールの人が来るなんて驚きました。ある意味、東京よりグローバル(笑)」。北陸新幹線の福井延伸を控え、福井もインバウンドの誘客に力を入れているので、さらに外国人客が増えるのではと期待を寄せる。

 地域おこし協力隊の活動の一つとして、沿岸部の過疎化に危機感を持つ若手事業者を中心に結成された「越前海岸盛り上げ隊」にも参加。「福井での体験プログラムを100作ろう」という取り組みのなかで、林業体験や、成史さんが修業中だという狩猟体験などを企画した。また、ピラティスを10年以上続けてきた裕子さんは移住を機にインストラクターの資格も取得。

 「『里山ピラティス』と名付けて、森の中でピラティスをするのもすてきだな、と考えています。吸った空気がこれだけきれいだと体の中から元気になれるはずですから」(裕子さん)

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