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地方で見つけた幸せの形 移住ARIA

留学、海外勤務を経てキャリアをリセット 福井の山里へ

(上)フランス留学→シンガポール勤務→東京でのキャリア生活を捨て、子育てを機に、東京から福井の過疎地域に夫婦で移住


移住先での仕事ビジョンが見えてきた

 長年、秘書としてキャリアを積んできた裕子さん。段取りやコーディネートは得意分野だ。「イベントを企画し、段取りをつけ、コーディネートをしていく仕事ならこれまでの経験を生かせる。人材育成会社では国内外の研修講師のアレンジや、プログラム開発などでテキストの翻訳業務をしていたので、将来的にはサテライトオフィスでリモートワークとしてできるかな、と」

 成史さんも「移住するうえでの最大のハードルは仕事だった」と言う。「僕自身、酒造卸業で大好きな日本酒を得意の英語を使って海外営業していたので、周りからは『松平、これはお前の天職だぞ! 本当に捨てていいのか!』と言われて。そりゃ、反対しますよね。いくら山を所有していても僕だって林業に就くのは初めて。でも、これまでしてきた輸出業の仕事なら地方でもできる。林業というなりわいを1つ決めたら、何とかなるだろう、と腹をくくったんです」

ビジネススクールで移住後のキャリア形成を学ぶ

 裕子さんは協力隊に選ばれたことを機に、移住後のキャリア形成を学ぶためにビジネススクール「社会起業大学」(東京都)へ。さまざまな環境において、自分らしい生き方をしながら社会にどう貢献するのか、準備をしていった。同時に、福井での保育園探しや家の準備なども進めた。

 移住先の保育園は車で15分の近場に見つかった。友達関係や環境の変化で子どもが移住を渋るケースもあるが、「移住を考えたのは、息子がまだ3、4歳の頃。『引っ越したらカブトムシやトンボがいるよ』と伝えると、喜んで『行く行く!』と」

 準備を整え、2018年9月、裕子さんは10年以上勤め続けた会社を退職。成史さんの祖父母が暮らしていた空き家に家族3人で11月に移住した。

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移住=永住じゃない 地域おこし協力隊員として再出発

取材・文/若尾礼子 写真/内藤貞保

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