フランス、シンガポール、東京とキャリアを積み上げた

 裕子さんは大学時代に仏文科を専攻し、卒業後は社長秘書として呉服メーカーに就職。3年後、「フランス語と秘書の仕事をもっと学びたい」とフランスに1年留学し、フランス商工会議所の秘書資格も取得。成史さんもまた実父が経営する貿易業を継ぐために大学卒業後はアメリカに留学。父が海外支社を創設するタイミングでシンガポールへ渡った。

 結婚前だったが、裕子さんも成史さんの立ち上げ業務をサポートすべく、留学先のフランスからシンガポールへ。その後、裕子さんは現地採用で大手日系電機メーカーの社長秘書へ転職。現地で結婚し、二人は約4年間シンガポールで過ごした。帰国後、裕子さんは外資系人材育成会社の社長秘書として、成史さんは曲折を経て父の会社を退社して酒類卸会社に転職、得意の語学力を生かして日本酒の輸出営業にまい進することになった。

結婚当初はシンガポールで暮らし、その後、東京へ。「東京の生活は何不自由なかったけれど、子どものことを考えたら、それが正解と思えなかった」と成史さん
結婚当初はシンガポールで暮らし、その後、東京へ。「東京の生活は何不自由なかったけれど、子どものことを考えたら、それが正解と思えなかった」と成史さん

本家のある福井へ移住を決意、夫は林業を学ぶ

 夫婦ともに海外経験があることから、移住先の候補にはマレーシアも挙がっていたが、その頃、成史さんの父の体調が悪化。もともと、本家の長男で「いつかは福井に戻って家を守ろう」と思っていた成史さん。「移住するならやはり福井だ」と気持ちを固める。

 本家のある殿下地区には、代々の先祖から受け継いだ100ヘクタールの山林がある。「福井に移住し、林業をなりわいにする」と思い立つ。2017年秋、移住後のスキルを身に付けるため、成史さんは週末に人材育成スクール「地球のしごと大學」(埼玉県)に通って実地で林業を学び始める。同時に、スクールの仲間と自身が所有する殿下地区の山林で週末だけ林業を行うなど、「リモート林業」を始めて東京と福井を行き来するようになった。

 移住に向けて着実に動き始めた成史さんに対し、裕子さんは「正直、まだ踏み切れないでいた」と当時を振り返る。