「都会を卒業して、田舎でゆったり暮らしたい」――こう思ったことがある人は多いのではないでしょうか。とはいえ、家族の説得、家や仕事探し、新たなご近所さんとのお付き合いなど、越えるべきあまたのハードルを前に「移住は夢物語」と諦めている人も多いはず。そこで、地方に移って新たな生活をスタートさせた「移住の先輩」に移住成功の極意を聞きます。

(上)50代で「家族解散!」夫と伊東に移住、自分時間を満喫 ←今回はココ
(下)コロナ禍に伊東へ移住 成功の鍵は自分から飛び込むこと

 「つい先日も知り合いが、『たくさん釣れたから』とピチピチのキンメダイを持ってきてくださって。野菜もご近所さんはじめ、いろいろな方にいただくので、最近、お店で買うのは肉やお豆腐と、あとはパンぐらい」

 伊豆半島東岸の静岡県伊東市。コロナ禍の2020年夏、「6人暮らしを解散!」と宣言し、東京を離れて夫と二人、熱海の隣のこの町に建つ築35年の温泉付き別荘物件に移り住んだ木村智華子さん(56歳)は、「子どもみたいにワクワクして毎朝、目覚めるんです」と弾けるような笑顔を見せます。「思いつくと、深く考えずにすぐ行動しちゃうタイプ」と話す木村さんは、移住先の物件も即決でした。

 「伊東を選んだ理由? 東京へのアクセスがよくて、冬は暖かくて、そして何より温泉があること。湯量が豊富で、家にも源泉から引き湯されるので毎晩、温泉三昧。こちらにきてから美容液がいらないほど、肌がつるつるになりました」

 木村さんの仕事は、ヘアメイクアップアーティスト。広告や雑誌の世界で、タレントやモデルにヘアメイクや着物の着付けなどを精力的に行っています。そんな「第一線のヘアメイクさん」である彼女が地方移住したきっかけとは? そして、購入から引っ越しまで、わずか1カ月という「スピード移住」を可能にした、「身軽になるために、事前にしていたあること」とは?

2020年、夫と静岡県伊東市に移住した木村智華子さん。「座右の銘は『思いついたら即実行』。仙台で美容師をしていましたが『東京にしかないものを見たい』と上京。3カ月後には友人のツテでヘアメイク事務所にもぐりこみ、アシスタントとして働いていました」
2020年、夫と静岡県伊東市に移住した木村智華子さん。「座右の銘は『思いついたら即実行』。仙台で美容師をしていましたが『東京にしかないものを見たい』と上京。3カ月後には友人のツテでヘアメイク事務所にもぐりこみ、アシスタントとして働いていました」

ヘアメイクの技術を高め、コミュニケーション力も体得

 宮城県石巻市出身の木村さんは、仙台の美容室で働いた後に上京。ヘアメイクアップアーティストとして独立したのは24歳、バブル真っただ中でした。「撮影現場をハシゴし、ほぼ毎回打ち上げパーティー、そして深夜にタクシー券をいただいて帰宅する毎日は楽しかったけれど、田舎で実直に商店を営む両親を見て育ったので、派手な働き方に不安を覚えました」

 毎回異なるカメラマンやモデルとタッグを組むヘアメイクの仕事は一期一会で、技術同様にコミュニケーション力も問われます。当時増えていた外国人モデルと直接話せるようになりたいと、仕事を1年休み、単身で英国へ。英語学校で学んだ後、ヨーロッパを二度、一人旅した木村さんは、孤独や差別も感じつつ、それを上回る人の優しさに触れ、相手により深く心を寄せられるように。「以前は周囲に目を配る余裕がありませんでしたが、『疎外感を抱いている人はいないかな』と観察し、ちょっとした一言で現場の雰囲気を和ませたり、ホームシックに陥っている外国人モデルと心を通わせたりできるようになりました」